「最新版:被害届添付参考資料」をご覧ください。 全文はこちら↓ パソコンは→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764557.html 携帯は↓7分割してあります。ご覧ください。 その1→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764658.html その2→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764664.html その3→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764668.html その4→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764670.html その5→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764672.html その6→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764674.html その7→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764675.html 今日はわが愛すべき家族を紹介します。 管理人無党派無宗教無団体 こと 本村安彦の。昨日2011年5月20日の記念日に。 検索「本村家」で写真付新聞記事が見れます。 Yahooなら↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html Googleでも↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html 本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。                                                                                                                                                                                       沖縄密約問題に関する報道などでも理解できるように、沖縄の(日本)ジャーナリズムに於けるあらゆる論議の中から、その核密約問題も含めた「沖縄問題の真相」が実は、かつてはそれを見過ごし、現在はそれのせいでモルヒネ的な状態にまで陥ってしまっていることが原因で、そこにあらゆる沖縄問題の解決の糸口があったという重大なことがスッポリ抜け落ちているという、いわゆる「借金漬けの沖縄の一般的庶民労働者世帯」への視点が皆無なのが気になる。                                                                                                                                     例えば、日本国内は勿論、世界的にも常識的で具体的な沖縄県という貧乏県に対する日本(本土)政府の恫喝的差別などである。                                                                                                                                        そこに「本来の社会正義を貫くべきジャーナリズムが、あえて触れずに避けることで逆に社会正義の芽を摘んでいる」-などのような現状に最大の問題やいつまでも解決できないあらゆる「沖縄問題」の理由があるような気がする。                                                                                                                                 また、昨今の「愛国心問題」などでも、沖縄の一般的庶民労働者が本土並みに国への忠誠心を表明しようにも、それに対するわだかまりからでさえも”人間”としての誇りがあるかぎり出来ないはずである、ーという点などに対する議論が本来は優先されるべき事柄であるはずであるが、しかし逆にそれに対する論点があまりにもなさ過ぎる。                                                                                                                                                                                  それの主な原因の一端には、沖縄の一般的庶民労働者自身が「沖縄問題解決の普遍的主権は一般的庶民労働者自らの中に存在する」-という基本的なことを小生も含め押さえてこなかったからという一面もあるであろう。                                                                                                                                          反省すべき点はわれら庶民の側にも存在する。                                                                                                                                                   だからジャーナリズムも気付きがたかったであろう事は想像するに難しいことではない。                                                                                                                                                 その点を自らを利する目的で捕らえた今月退官したあの在沖・ライク米国総領事は、「沖縄県民はサイレント・マジョリティー」と言い放ち、「沖縄県民の世論と民意は隔たりがある」ーなどと沖縄の金権政治選挙の実態も知らず、民主主義の象徴であるアンケート形式世論調査での県民意識と知事選挙結果などの違いを、独り善がりな間違った解析で軽はずみに世界に向かってアナウンスメントするなど、みっともない短絡的な単なる思い付きだけで、沖縄県民の”あげあしとり”をした。                                                                                                                                                                よって、このブログを立ち上げる意味は、その庶民自らの反省の上に立った上でも尚且つそのような侮辱を今後受けることがないようにする為、                                                                            及び、ーやはり、沖縄の最大の資源は一般的庶民労働者の中に埋もれている「人的資源」なのである。-との、事実の証明や主張の発展に少しでも繋がり、                                                                                                                                                          更に、われら一般的庶民労働者の労賃・年収の向上とともに、われらの住むこの社会がより幸せに発展することを最大の狙いと致します。                                                                                                                                                                                                     ’06年7月16日 無党派無宗教無団体  琉球建築家 本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?                                                                                                                                                  副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                        読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                               ’06年7月9日 無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      追記:                                                                                                                                                政治=統治作用/政治団体=魑魅魍魎(ちみもうりょう)/政治家=厳粛な信託                                                                                                                                                                                                               上記表題は、「コミュニティーや国の主体を庶民から政治団体へ厳粛な信託の下、政治家を介して託す」ーとの基本的な国の統治のあり方、”しかけ”である政治団体にまつわる定義のすべてを要約しているのだが、しかし、 だからといって普段の庶民生活の場に於いてまで庶民自らが或る特定の政治団体に関するプロパガンダや宣撫的な情報を奨励・示唆するような偏った恣意的言動を振舞うことは、 ただ単にその魑魅魍魎らの”手のひら”の上に乗っかって踊らされているだけに過ぎないことを庶民自身が自ら気付くべきである。                                                                                                           そのような「寄らば大樹の陰か?」または「長い者には巻かれろか?」だけの単純な選択肢のみでは、、、。                                                                                                                          この島々にまで広がった島嶼・離島県である琉球弧・沖縄を”ひとくくり”にしてはじめて成り立ってきた古からの「うちなーん人・琉球弧の中の沖縄県」のアイデンティティーなのだから、                                                             できるだけ広範囲な島々にまで行き届くような点を配慮しなければならないのと同時に、                                                  ましてや琉球の歴史的背景からして政治的DNAが割合多くその島々で潜在するうちなーん人・庶民が、そのような杓子定規的な「定義」だけでより多く集い、身近な、または世界の話題を通してうわべだけでさえも、或いは真に交流・ゆんたくできるものだろうか?疑問である。                                                                                                                                                                                     ”ひと”というものは、誰であれ「いったいどこへどれだけの情報利益がもたれされるのかな?」-ということは当然として脳裏の隅に常時置いていることを肝に銘ずべきではないか。                                                                                                                      このことはこの十数年間小生が、憲法第十六条の「個人の請願権」を盾に常に個人の立場で市民運動を続けて来て、時たま遭遇する”彼らの手のひらの上で踊らされている”庶民の方々に対し常に持ち続けている疑問であるが、、、。                                                                                                                            小生が思うに、やはり庶民は国の主体なら主体らしく、普段の庶民生活では堂々と自分自身の言葉で政治問題であれ何であれ物を云い、政治を司るべきである。                                                                                                                              そしてその上で、選挙の時だけは政治団体や政治家を厳密に選ぶなどといった、現行の「秘密投票」では当たり前な、そして文字通り「厳粛な信託」をもってしてその政治団体や政治家などを介し、政治を行うべきではないか。                                                                                                                                                                            それが引いてはあらゆる立場の庶民自らの交流・自立を促し、とりもなおさず庶民自身の「庶民生活」の中での「普通」の幸せや成功の「実感」を自分自身の手で掴まえることに繋がるものと考えるが、いかがなものだろうか。                                                                                                                                   されど、                                                                                                とは言っても庶民の中にはやむを得ず政治団体や宗教団体などへ既に属する方々も当然多く存在することから、誤解の無いように申し上げたい。                                                                                                                                                                                小生は三十年以上も無党派・無宗教・無団体を貫き通していますが、それは小生の生きてきた環境のせいで偶然にそうなったのであって、決して他の”ひと”へ小生のような無党派・無宗教・無団体を薦めている訳ではありません。                                                                                                                                                                                                ’06年7月4日 無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                 本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。 関連ブログ: ■コミュニティーも国も主体は庶民  http://ryuukyuukentikuka.ti-da.net/ ■沖縄から核施設を撤去させよう!!  http://motomurayasuhiko.ti-da.net/ ■本土との「格差是正」は労賃・年収から  http://reformsekkei.ti-da.net/ ■侮辱されないサイレント・マジョリティー  http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/ ■増補・コミュニティーも国も主体は庶民  http://komyunithimokunimo.ti-da.net/ ※2011年1月12日 無党派無宗教無団体 本村 安彦 沖縄緊急重大ニュース:⇒http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2010/08/post_1822.html 今日はわが愛すべき家族を紹介します。 管理人無党派無宗教無団体 こと 本村安彦の。昨日2011年5月20日の記念日に。 検索「本村家」で写真付新聞記事が見れます。 Yahooなら↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html Googleでも↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html

2011年12月07日

うらがねと警察

詳細はブログ→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3824783.htmlをご覧ください
「概略」報告と説明
             様 
 しばらくの間、訪問での御挨拶が遅れておりましたので以下、その理由の報告説明をいたします。
平成23年12月5日 金城本村リフォーム設計 代表 本村安彦 電話098-876-5538番 
 ご承知のように金城本村リフォーム設計代表者の本村安彦は訪問販売の営業活動を通じ、この18年間、無党派無宗教無団体という庶民の立場で様々な沖縄社会の問題をボランティア活動の一環として提起し、自由に議論して頂きながら皆様のご協力の下、多くの沖縄社会の問題を解決してきました。これからもよろしくお願いいたします。
しかし、残念ながら去る5月24日以降から、その金城本村リフォーム設計の特色であるそのような社会貢献がまったくもって行えないようになりました。今日はその報告と説明をいたします。
 ものの本によると、弾圧(だんあつ)とは、権力を濫用(らんよう)し与える加害行為で、権力者側による弾圧を組織的弾圧と呼ぶこともある。または、おさえつけること。特に、支配者が権力を行使して反対勢力の活動を抑圧すること。「言論を―する」などとありますとおり、今まさにその弾圧によってこの金城本村リフォーム設計の言論ボランティア活動が現在のところ行えません。
事の成り行き:
※2011平成22年11月21日。
これは大した関係はないとは思うが、しかし一応はこの記事に付け加えておく。
「このトンネルが出来、ヒ素混じりの地下水が大量に川へ流れる」との情報を聞きつけ、2010/11/21 17:42:20にインターネット上で当時、小生は名護市の幸地川や世富慶で出た”ヒ素”騒動をしきりに名護市役所や北部国道事務所へ調査を依頼していた。→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3250815.htmlこれは当時のブログのURLです。ご覧ください。

※2011年2月27日。以下の仮説をインターネット上とチラシ配布で発表する。
先ず今日現在沖縄の健康状況から:
1、1946年以降生まれ世代の全国1早世・早死にの問題。いわゆるつい最近まで長寿日本1の沖縄が現在は26位に下がり、数年すれば47番目の最下位に向かう最大の原因である70歳未満世代の早世・早死にが男性全国1で、女性も5位の高さ。男女合わせると全国1の早世・早死にという問題。
2、全国平均不妊症カップルの割合が10組に1組なのに、なぜ沖縄では7組に1組と多いのかという問題。
3、低出生体重児・未熟児(1500グラム以上2500グラム以下)が生まれる率が全国1高い沖縄。全国2番目に多い青森県でさえ9パーセント台(10人中0.9人がその未熟児が生まれる)なのに、全国1の沖縄ではなんと11パーセントを超える(10人中1・1人がその未熟児が生まれる)問題。低出生体重児や超低出生体重児は幼少時期からかなりの成人病・生活習慣病のリスクを背負って誕生するそうです。だから問題なのです。
仮説第一回目:
1、の原因その1、1946年から始まったビキニ環礁での核実験。終了する15年後の1962年までに米国などによっておよそ合計70回行われた。よって、約70回もの核実験による放射性物質を含む放射能雨が琉球列島へ15年余連日のように降り注ぎ続けた。
米軍の核実験時の放射能雨の情報を握りつぶした当の米軍の米軍基地は慌てて水道を敷いた一方、その間の琉球列島の住民約80パーセントは琉球気象台の情報を操作された関係でなんの疑いも無く天水を利用していた。特に当時生まれたばかりの頃の年代の者、いわゆる現在70歳の者は 満15歳になるまでづ~とその放射性物質を含む天水を毎日摂取していただろうから全国1の早世・早死にの短命になっている。
1、の原因その2、上記に加えて1960年代のベトナムで使用された枯葉剤に混入していたダイオキシン散布の問題も重なった。つまり、1962年にビキニ環礁での原爆の実験が終わった頃の1960年代初頭から後半にかけて沖縄本島北部の米軍北部訓練場内でダイオキシンを含む枯葉剤が散布実験・訓練として散布し ていた問題。その地域には実は、その1960年代後半から1970年代にかけて敷かれた水道本管のうち沖縄県民の60パーセントが利用する水道水の水がめのダムが五つも出来るのである。
2007年に暴露されるまでまったく知る由もない県民はその水道水を飲み続けるわけだが、特にその現在70歳未満の者は原爆の放射能雨から連続していることから被害が多く、全国1早世・早死にになるのは当然の結果と言える。
1、の原因その3、戦後沖縄の教育行政で現れている通り、特殊教育対象児童の急激な増加時期とビキニ環礁との因果関係性の問題。戦後の沖縄で盲ろう学校という特殊教育が始まった1951の盲対象児童がほんの10人(全体では32人)で、その4年後の1955年にはその盲対象児童がなんと132人にも上り 、更にそれから7~9年後の1962年から64年に流行した風疹(三日はしか)が原因と認定され新たに生まれた374人もの特殊教育対象児童(内339人は難聴児童)らの主原因とされる妊婦母体の出産当時年齢が17歳~27歳という現在70歳未満の早世・早死に年齢という問題。つまり、放射性物質で免疫力も衰え、弱り きった世代が妊娠をし、風疹(三日はしか)に侵され、全国総数でも僅か1,000人しか対象児童のいないその時期の特殊教育対象児童をたったの1県・沖縄だけで374人も一挙に出産することに繋がったのではないのか。当然の結果として、この年代の沖縄での健康診断時で「必ず病院へ行くこと」として持たされる有所見率 は全国1である。
2、の原因その1、上記65歳未満の年代の健康問題を考えると、ちょうど彼等の子ども世代が現在の不妊症で悩む世代となっている。
母体への汚染が仮に放射性物質などであった場合、時系列からいって当たり前と言えば当たり前の結果だろう。1、の原因上記のような原因であれば。
あえてここで特筆するなら、後々の70~80年台には県民の60パーセントが飲料水として利用することとなる5つもの水がめが建設されるその土壌、森林や水辺へ、当時もその場所が米軍の北部訓練場ということで1960年代のベトナム戦争当時から長年に亘りダイオキシンを含む枯葉剤を散布実験・訓練していたこととの因果関係だろう。
3、の原因その1、問題の70歳未満の年代からすれば丁度母体や父親がその息子や娘世代で、低出生体重児・未熟児がその孫に当たる問題。
 参考資料:2007年に発覚した五つも県民の水がめであるダムが存在する北部米軍訓練区域内のそのダム周辺に米軍がダイオキシンを含む枯葉剤を長年に亘り散布。(2007年7月9日付沖縄タイムス紙夕刊一面及び同日付琉球新報紙夕刊一面)これはお願いですから皆さん是非図書館へ行って下さい。
 さらにもうひとつ沖縄の県民すべての世代にとって見過ごすことができないかなり深刻な事件がある。 1954年の米国政府によるビキニ環礁での水爆実験の際に被爆した沖縄のマグロ漁船のマグロは一匹も棄てられた記録がないこと。また、実験直後から日本への放射能汚染への懸念が全国的に広がったが、沖縄では当初は米軍による調査で、検査値の結果も明らかになっていない実情があること。そして、当時の県内は80パーセントが天水の利用だったが、実験の後、米軍基地は急いで水道を敷いたこと。加えて、実験の後県民の相当な人が(放射能物質を含む可能性があった)天水を飲んだのではないか」との研究報告から、沖縄は当事も米軍占領下だったことから、実験国が支配していた状況で、本土と対応が違い沖縄の米軍基地内と外との対応の差別的違いが明らかになった調査結果。(2010年11月22日付琉球新 報紙22ページから)
 ※2011年3月3日(木)。沖縄では本村安彦仮説から始まった沖縄タイムス紙スクープ↓
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「死の灰嘉手納で本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
※2011年3月11日。フクシマ原子力発電所から放射能が漏れる。
※2011年4月4日。琉球新報紙、本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日 きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。

  ※4月5日(4月8報道)。フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
 ※4月24日。沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。
 ※5月23日。夕方、インターネット掲示板   http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  上で、今回のフクシマ現地の放射能雨の汚染量より、かつてのビキニ環礁での核実験による放射能雨が琉球列島に降り注いだ当時の琉球気象台の記録、17万カウントのほうがかなり凄い放射能汚染量であることを伝え、公表し警鐘を鳴らす。
 ※5月24日。浦添警察署生活安全課による人通りの多い時間帯での、沖縄の核貯蔵庫撤去市民運動歴17年間の主人の個人的な市民運動に対するこれ見よがし的な妻と二人だけの零細自営家業の個人自宅への突然の家宅捜索。そしてその後の2ヶ月に亘るも数回だけの取調べなどの長期嫌がらせによって商売上の信用が顧客との間でぐらつき、以来、この約半年収入が20分の1に激減した。  
 信用が第一の商売。とうぜんながら自営家業の商売が危うくなる。すると売り上げが上がらなくなることで金銭的にお父さんやお母さんを圧迫し、家計や商売がうまくいかなくなり出します。そして、その被害行為が長引くと当然に精神的にも圧迫され続けることになる。そうなると、当然ながら家庭内では多少の混乱が予想されます。
★11月に入ってまもなく、上記のその零細自営家業の我が家へなぜ浦添警察署が別件をでっち上げてまで家宅捜索までして深く入り込んで来たかが分かる情報が飛び込んで来た。
★一つ目はこの↓妻への手紙の内容につづってある:

以下↓は24日自然(しぜん・三男)に持たせた手書きの手紙と同じ内容だけど、ワープロだと読みやすいだろうから、こんどこそ返事をくれないか?


それと、これを未姫(みき・長女)にも見せるといい。きっとおやじの手書きの手紙は読めなかっただろうから。おやじ

弘美へ
平成23年11月24日おやじ
 
 金は大丈夫か?
 弘美、これは○○○さん→△△→おやじが聞いた話だけど。
 10月に△△からtelがあって、用件を聞くと○○の○○○さんから「水の出が悪い。前と同じ症状だから」−との事だった。
実際にみてみたら、まったく以前と同じだった。
 作業中と作業が終わって今度の浦添警察署の汚さを話したら聞いてくれた。(「ん?奥さんは?」という話もあって)

どうも当山小学校横の××××と数年前にもめた事も絡んで複合的に入り組んでいるみたいーとの話だった。

 すると、○○さんは「浦添警察署の生活安全課なら以前から知り合いが居るから早速その裏側を調べてみる」−との事だった。
(○○さんは、知っていた。××が元警察官で、その当山小学校横の××××××所はゴロツキ刑事がゴロゴロしているのを)

 その翌々日に電話をかけたら○○に出掛けていて携帯電話が繋がらなくて話を聞けないままいたら、丁度○○の○○○○が同乗してくれていたからその足で△△の事務所まで行った。

△△とは2,3日前から(11月21日月曜日から)△△が保身に転じていてあまり信用できなくなってしまっているが、その日の頃はまだ割りと親身になって我が家の事を心配していた。

△△が言うには「○○さんの話によると、そのゴロツキ刑事らがよってたかって『本村を潰せ』ーと号令を掛けているらしい。気を付けたほうがいい。その食堂「ふく家」の店主をしている妹の夫の兄のゴロツキと一緒になって(いつのまにか)浦添警察署生活安全課とつるんで『本村つぶし』をしている。権力相手だからこれ以上向きになるのは止めたほうがいい。これ以上その食堂などを相手に告訴とか何とかを続けるなら『本村をもっとやってやる』−と言っている」−との話しだった。
おやじ

 弘美へ。返事が無いから仮説を続ける。おやじ
 ○○ちゃんの戸籍が気になるから教えて?

一、何で○○ちゃんは(○○年前生まれたばかりの当時)一人だけ家族と切り離  されて○○の○○○の故・島袋照子のお姉さんの嫁ぎ先の「○○」家へ養子  みたいにそこで育っていたの?
二、何でおやじと弘美で連れに行くことになったんだろう?

三、その○○の○○○のおばさんには子どもが授からなかったの?

四、○○ちゃんは戸籍上どうなっているの?
  A、出生届は?
  B、母親は?(その時の届け出の)
  C、まさか「○○」になっていないよね?

五、その事は、宜野湾のおばあちゃんも(本村キヨ)、無くなったおじいちゃん  も(本村寛)、同じく亡くなっている次男の徳光(のりみつ)も、○○らも皆知っているの?(誰が何の目的で知らせたの?の意味)

六、当時、何の目的で知らせたの?(誰が何の目的で知らせたの?の意味)
  そして、今回の未姫へも何の目的で知らせたの?(誰が何の目的で知らせたの?の意味)

  そんなことしたら、知らない血縁と知っている血縁とでは埋まりがたい溝が出来るんじゃない?(しかもおやじだけが知らないことになっていたということになるから、悪質だ。これも誰が何の目的で隠していたのか?) 

おやじ

 弘美へ
 返事が無いからそのまま仮説をつづける。

その前にこれは答えて。おやじ

 やつらは罪を逃れるため、お前が8月4日当時出て行ったのも、8月12日に未姫が拉致されたのもみんな「夫婦喧嘩」のせいにしようとやっきになっている。(刑事事件から夫婦のいさかいにすりかえれば自分たちは逃げおうせると考えているから)

 おやじが知りたいのは、そのやつらの狙いを知ってて加担までしているのかーという点。だからこうやって仮説をたててる。

 なぜなら、だとすれば「脅迫」されているのだから、何をもってして「脅迫」しているのかを探っている。

これはよくある話だけど、「世間一般ではよくあることで実は何でもない事なのに、それを過剰に『知られたら大変な事』みたいに洗脳させられてしまって大げさになってしまっていてそれを盾に脅迫されていた」ーなんて話はよくある話。

もしそんなことがあるとすれば、早くオープンにしておけば決してやつ等はお前をこれ以上はそれをネタに二度と脅せなくなる。

2011年11月26日 おやじ

★二つ目は、実はこの時点で妻は浦添警察署へは二年も前にその犯人らにそそのかされて行っていて、妻は後悔していたようである。
これも↓妻への手紙となっている:

 お母さんへ。以下の内容と自分の取らされた行動を分析してみてくれないか。
もしかしたら、お前はその外圧を受け、それが原因で当時の夫婦のいさかいになっていた可能性があるから。おやじ

外圧と夫婦のいさかい(夫婦喧嘩)

一、
 ★以下のような状況が、妻が当時からすでに犯人の彼らにそそのかされ、単なる夫婦のいさかいを大げさにする目的で、
犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わなかったその間の先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず四年以上も前の
「平成19年3月頃自宅の駐車場で夫婦のいさかいがあった」と配偶者暴力に関する保護命令申立て書に今回書かされている当時の本村家の妻が一主婦としては訳の分からない外圧を受けるであろう要素。

①出版本 「琉球自治州の構想」を共著で出したのが2007/01/09日となっている。
②また、「五年も前に!県議会や県、浦添市、那覇市は”実感”したが・・・」と題してネット上で2007/02/15日に「これは’01年(平成13年)7月5日の第3回沖縄県議会(定例会)で採択された、当時の小生の陳情案件の内容の一部です。以後の参考になれば幸いです。詳細な内容一式につきましてはこのブログでこれから公表しますが、もし早急に必要であれば小生に云うか、県議会で取り寄せてください。」「陳情第110号 「沖縄県ポスト3次振計等に関する陳情」 (沖縄振興特別部会)」の「陳情書 沖縄県議会議長殿」「振興新法・計画は"本土との所得格差是正”明記を」ーという公文書となっている当時からすれば五年前の公な出来事を初めて伝えている。
③「それは児童手当を出す意味からすると違法ではないか?!」と2007/02/17日には浦添市役所の国民健康行政に対する「児童手当差し押さえ」に対する抗議をネット上でしている。
二、
 ★以下のような状況が、妻が当時からすでに犯人の彼らにそそのかされ、単なる夫婦喧嘩を大げさにする目的で、
犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わなかったその間の先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず二年半以上も前の
「平成21年2月か3月頃自宅の廊下などで夫婦のいさかいがあった」と配偶者暴力に関する保護命令申立て書に今回書かされている当時の本村家の妻が一主婦としては訳の分からない外圧を受けるであろう要素。
★(その情報によるとこの時は、浦添警察署へ相談とある。相談内容は一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けるとある)

③この頃までは単に「リフォーム設計」という自営家業の名前だったのを「金城本村リフォーム設計」と2008/12/16日にネット上で「『金城』本村リフォーム設計」と妻の旧姓を冠として使用することを強調する戦略に出た。
②「日本国総理大臣麻生太郎君へ浦添市港川2-10-8本村安彦から」と題して2009/02/01日にネット上で総理大臣の沖縄に対する政策が理不尽なのを指摘している。
例えば、 県内のとある政党は十四日、国土交通省政務官に対し、時間がかかるピアーチェックのことで沖縄一県だけが被害を被る今回の理不尽な法の手続きの迅速化を要請した。それに対し国交省はいかなる小規模住宅であれ沖縄県独自で解決するようたらい回ししたなどとの事を無視している政府を批判した。
③「ご意見を下さい。沖縄県浦添市国民健康保険課統括の宮平君」と題して2009/02/19 日にネット上で浦添市の国保行政の市民いじめについて公表している。
三、
 ★以下のような状況が、妻が当時からすでに犯人の彼らにそそのかされ、単なる夫婦喧嘩を大げさにする目的で、
犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わなかったその間の先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず二年半以上も前の
「平成21年4月頃自宅の台所と洗濯室の間で夫婦のいさかいがあった」と配偶者暴力に関する保護命令申立て書に今回書かされている当時の本村家の妻が一主婦としては訳の分からない外圧を受けるであろう要素。

①「薩摩の琉球支配400年を問う シンポジューム・大激論会」と題して3・29(日) 午後1時~6時
教育福祉会館大ホール(3F)
(那覇市モノレール古島駅徒歩2分)
 
 沖縄よ! どこへ行く?

 今年は薩摩が1609年に琉球王国を侵略・支配してから400年、明治政府が
琉球処分(廃藩置県)してから130年の節目の年になります。現在、沖縄を取り巻
く問題は山積していますが、政府が進める道州制をはじめ、自治州、現状維持、
独立、東アジア共同体本部を設置した独立国、非武装中立国などいろいろな自立
の動きがあります。
ーというよう運動の中に私も加わって居た。
②「琉球処分130年を問うシンポジウム・大激論会」の第二回目の激論会を5月24日(日) 午後1時~5時 那覇市民会館中ホールで基 調 講 演に  金城正篤氏(琉球大学名誉教授)「琉球処分を考える」
パネリスト 福地曠昭氏(沖縄人権協会理事長)「大衆運動と琉球処分」
      宮城弘岩氏(沖縄大学講師)「400年の経済支配を問う」
      平良勝保氏(琉球歴史研究家)「周縁史から見た島津支配400年」
      後田多敦氏 (『うるまネシア』編集員)「〈琉球併合〉を救国運動から考え      る」
主   催 「薩摩の琉球支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会」
      (会長・金城実、彫刻家)
ー当時その呼びかけ人の中に私は加わって居た。
四、    
 ★以下のような状況が、妻が当時からすでに犯人のかれらにそそのかされ、多単なる夫婦喧嘩程度を大げさにする目的で、
犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わなかったその間の先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず二年以上も前の
「平成21年10月頃子供の目の前で台所と選択室の間で夫婦のいさかいがあった」と配偶者暴力に関する保護命令申立て書に今回書かされている当時の本村家の妻が一主婦としては訳の分からない外圧を受ける要素。

①「最大級(昨日9月5日付、沖縄タイムス紙と琉球新 報紙から)」と新聞に載った沖縄のホワイトビーチ寄港原子力潜水艦では最大級の核搭載型の原子力潜水艦報道の話題をネット上でわざわざ取り上げたのが2009/09/06日。
②そして「もしや、「沖縄”核”密約」では新報に15年遅れだから ?」と題してまったく核密約を無視し続けている沖縄タイムス社を批判する記事をネット上で書き込んだのが2009/09/15日。
③「第3回 シンポジウム・大激論会『国連の先住民勧告をどう考えるか』を来る11月1日(日)那覇市、教育福祉会館で行う」とのチラシ:
テーマ 「国連の先住民勧告をどう考えるか」
開催日 11月1日(日曜日)午後1時から
場 所 教育福祉会館 *モノレール古島駅下車。 
参加費 1,000円(資料代を含む)
主 催 薩摩の琉球支配から400年・日本国の琉球処分130年を問う会
http://www.ntt-i.net/ryukyu/index.html

第1部 シンポジウム
基調講演 喜久里康子(沖縄市民情報センター)
     「国連の先住民勧告と琉球・沖縄民族」
パネリスト
  ?安里  進(沖縄県立芸術大学教授)「沖縄人はどこから来たのか」
  ?貝澤 和明(北海道アイヌ協会) 「アイヌ民族と国連勧告」
  ?村上 呂里(琉球大学教授) 「アジアから照射する沖縄の言語教育」
  ?渡名喜守太(沖縄国際大学講師)「国連先住民族の権利に関する専門家機
構の報告」 
  *コーディネーター 仲里 効(映像批評家)
第2部 大激論会
ーとの内容をネット上で琉球独立党の屋良朝助氏と並んだ写真を掲載したの2009/10/22 日。当時その中に私は呼びかけ人の一人として加わっていた。
★(その情報によるとその後、約一ヶ月ほど経った11日20頃、配偶者暴力相談支援センターへ保護命令について情報提供を受けるとある)
その年の11月といえばこんな出来事があった:
①「自宅保管にしたのは琉球人を侮辱する内容だからだろう。」と佐藤首相を批判している書き込みが2009/12/22日。
②「佐藤栄作の遺品から沖縄「核」密約日本側文書見つかる」と書き込んだのが2009/12/22日。
③「腑に落ちない。何故??吉野文六は「”核”密約」は黙る?」と書き込んだのが2009/12/03日。
④「いずれも自民党政権が国会答弁などで一貫して否定。」-として来たこれまでの核密約に対するコペルニクス的一大転換を迎えた様子を書き込んだのが2009/11/27日。
⑤「一方、失効している「1960年安保改定時核密約」は確認」と書き込んだのが2009/11/27日。
⑥「第 3 回 シンポジウム・大激論会 お知らせチラシ」を掲載したのが2009/10/22日。
⑦「表だって「児童・生徒指導支援」の「カルテ」というが」と教育指導カルテの存在を批判していたのが2009/10/19日。
⑧「6日に開かれた県立高有識者会議。」と県教育庁のこの問題を巡るきな臭さに反論を繰り返していたのが2009/10/18日。

更に、今回の事件では:
★平成23年8月12日と30日にも妻は再度犯人の彼らにそそのかされて配偶者暴力相談支援センターへ行かせられている。
平成23年8月11日。父親の13歳のアスリートの実娘に対する通常の厳しいトレーニングや、人間的な教育的指導監督がその日もあったことをその犯人らは知り、拉致に利用しようともくろみ、自らの刑事犯罪を何とかもみ消し、その刑事事件から夫婦のいさかいや13歳の娘に対するDVによって家出をしているとのシナリオ工作を行い、自らが犯した刑事事件の矮小化を狙う目的と同時に、ありもしない大げさな夫婦喧嘩としてでっち上げる目的で、
犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わせなかったその間のあいだの先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず
二十五年以上前の夫婦のいさかいや、二年以上も昔の夫婦の喧嘩を大げさに表現させ、今現在起こっているかのごとく偽装までしたと思しき内容で持ち出し、
「ほれっ、今起こっている」ーなどと揚げ足を取ろうとのあせりからか、あろうことか「父親は13歳の実娘に対し性的虐待やDVまであった」ーなどと真っ赤な”うそ”をでっち上げ、更に大げさにする目的で、この時もわざわざ★配偶者暴力相談支援センターへアリバイ作りとしてその13歳の娘まで違法に連れて行かされ、その8月12日の日に自らが指示し、拉致させられていたその13歳の子への接近禁止命令を求める事情を話しているともある。また親族等への接近命令を求める事情もすでに相談しているともある。

以上、列記してみたが、やはり関連がありそうだ。
★特に、平成21年10月の夫婦のいさかいをわざわざ11月になって相談に行かされたあたりは、丁度、お父さんのライフワークが十五年ぶりに認められ、沖縄の高校教科書にまでなった「核密約文書総理私邸で見つかる」の報道があったほどの一大事件があった時だ。
☆それからすると、なんらかの外圧がお母さんへかかっていて、その事をまったく知らないお母さんはイライラするというようなことを繰り返しているのではないだろうか。そして、それらが私へ「何らかの隠し事があるのではないか?」などと、問い詰められたことがきっかけで夫婦のいさかいになった一例かもしれない。
2011年12月5日 おやじ・本村安彦

      
 ※六日後の2011年5月30日深夜。長崎放送放映の沖縄の核兵器報道に妻と二人だけの零細自営家業の主人・私本村が出演。以後、8月3日までの約二ヵ月半浦添警察署生活安全課による取調べが続く。

ところで、手前味噌ですが私、本村安彦はこの二十年間。妻と二人で六人の子どもたちへ教育上良くないと思えるような人物とはいかに親戚といえども悪影響を受けないように以下の①~⑤の少年法でいう五点に特に注意を払った教育方針を執ってきました。
①親の正当な指導監督に従うこと
②正当な理由も無く家を空けないこと
③いかがわしい場所に出入りしないこと
④いかがわしい場所に出入りする不道徳な者と付き合わないこと
⑤自他の徳性を害しないこと
※今日現在も未だに中学生二人を含む未成熟子五人を浄水器販売なども行うリフォーム設計の自営家業で支え、抱えている。

 ★浦添警察署の裏金目当ての情報屋と警察関係者である犯人の彼らは、私、本村家の自営家業の浄水器販売とはまったく違ったメーカーの浄水器会社のネットワークビジネス参加なり、その会社の浄水器を個人的にも使用している。
別のメーカーの浄水器を販売している私、本村家自営家業のライバルの浄水器メーカーであるアムエやエナジックなどといった浄水器メーカーとの金絡みのある宜野湾市真栄原の売春街の新町で売春婦相手のゲーム喫茶を十年余り開業している。
★その店とは、妻の妹とその夫の兄で実質経営者との噂の有る警察関係者のその者の影響でその店が表通り側はシャッターが下りて閉店と表示されている同時間帯にも裏口の出入り口を利用して朝まで開業している。しかも、にもかかわらず摘発された話を聞いたことが無い店である。
ですから、その関係者とはいかに親戚といえども六人の子どもたちへは私の教育方針の
③いかがわしい場所に出入りしないこと
④いかがわしい場所に出入りする不道徳な者と付き合わないこと
★ーその本村家の教育方針に従い出来る限り一切の付き合いを相手が妻の実母といえども、或いは妻の実の妹やその夫などといった親戚関係にあたろうが、なんであろうが父親の私が知る限りではこの13歳の娘の拉致監禁事件が起こった8月12日まで絶たせてきました。
★ですから、娘は現在その妻の実母の住んでいた県営団地の一室にいることになってはいても、実際はその場所も、その実母も、その周辺に住む妻の妹一家ともこの拉致事件までは一切逢ったことも無ければ見たことも無いはずである。

 ☆おそらく、この二十年近く。かねてから、色々と個人でボランティア活動を行いながら飛び込み営業を適法に行う一種変則的な本村家の自営家業に対する偏見から、違法でもないにも関わらず単なるその「変則的な」というだけの理由で本村家の自営家業でしかも企業として当たり前の「特性」の生業を「潰す」狙いのある浦添警察署の裏金目当ての情報屋と警察関係者であるその娘拉致の犯人の彼らは、自らの懐を太らせる個人的な狙いもあったのでしょう。
★その証拠に去った4月4日の琉球新報紙に「本村家兄だい皆皆勤賞」などと私の一家を大きく取り上げていたことに対して、なんのわだかまりも無いのであれば本来なら本村の知人なり、親戚として大いに祝うかと思いきや実際にはそのまったく逆で、特にその妹の夫や情報屋の石川やもうひとりの妻の妹の金城香の男らは私の妻がこの二十年家出ばかりを繰り返している割にはその二十年間もの間、夫婦仲良く過ごさないとあり得ないような快挙を達成したことから、普段から自分らへは悪く話す姉である妻の本村家での夫の私との話しなどとは違う側面があることの証拠が出たことへの不信感から、妻とすれば世間一般的な単なる社交辞令程度の話しであったにもかかわらず極まともで、「正常な夫婦関係」の「本村家」であるにも関わらず邪推もし、このままだと本村の仕事を潰すどころか逆にその新聞などの影響で元気が出てくるのではないかなどと懸念をしていたのでしょう。
そこで彼ら犯人らは、浄水器という自らのライバルである
★(その宜野湾市真栄原の店舗の裏口のドアには浄水器メーカーのアムエの表示があるのを8月に見つけている)
☆私達本村一家がその妻と二人だけで行う家業の浄水器販売の仕事を潰す目的に協力させるなどの踏み絵目的で、運転免許のない私に仕事をこれ以上させないようにこれまでもそのようなことをしていた経緯に沿うことになる。
★ちなみに、警察裏金を狙う情報屋の石川はエナジックから金が回る仕組みになっている。そして、これも情報屋と思しきその食堂「ふく家」で働くもうひとりの妻の妹の金城香の男がその食堂「ふく家」での手伝い。またはその真栄原のゲーム喫茶なり、何処なりのキッチンで手伝いをしながら何処の浄水器メーカーと取引をしているかは知らないが、きっと志良堂ちあき夫婦と同じアムエか石川と同じエナジックなのかもしれない。

 ※2011年7月30日。来る8月13日の全国ネットテレビ放送ニュース番組に私が出演するこが決まる。すると、警察裏金狙いの情報屋がうごめいたのではないか。
 7月30日。
☆おそらく、この日の時点では来る8月13日当たりには全国ネットのテレビで放送されるニュース番組に私が出演することは妻も承知していたから、当然妻の妹らを介してそのことをその犯人の男どもは承知していたのだろう。
だからこの日、新町で売春婦相手のゲーム喫茶を十年開業している妻の妹の夫が三年ほど前からその新町でのいかがわしいゲーム喫茶の表向きのダミー支店として出している★浦添市伊祖四丁目の食堂「ふく家」付近を私自身のライフワークの「沖縄から核施設を撤去させよう!!」のボランティア運動と併せ、放射能まで取れる逆浸透膜浄水器の販売営業を徒歩で一軒ずつ歩いている私の情報を、彼らがまさか「警察の裏金目当ての情報屋」などとは考えも付かない私の妻から聞き出し、そしてその私の妻へ「本村をここから歩かせないで」のような趣旨をしきりに電話したのではないか。
★そのダミー支店として出している浦添市伊祖四丁目の食堂「ふく家」だが、それがダミーである証拠としては、その店へ父親である私へ隠れて妻が当時小学校の頃から連れて行っていたことが先月10月になって中学生の息子の証言で明らかになっていることもある。
おそらく、私の一家の教育方針である:
③いかがわしい場所に出入りしないこと
④いかがわしい場所に出入りする不道徳な者と付き合わないこと
ーとの、本村一家の教育方針に従わざるを得ない本村の妻に対して、その「ふく家」を普通のありふれた「食堂」店として営業することで妻がその店を経営する妹夫婦らへ寄り付きにくい原因だった”いかがわしい店"を経営する妹夫婦らという難点を曲がりなりにもクリア出来たと彼らは思っていたのだろう。しかし、私に言わせれば、三年もの間妻の夫の私へは知らすことが無かったという点が逆にダミーである証拠と言える。
また、この時点ではその食堂「ふく家」という食堂の名さえも、場所すら知らなかった私に知らせることなく三年余りも隠してきたというやましい思いなどもあり、注視するようにとの意味も込めて妻へ知らせた意味も含んでいたのではないか。
★また、その食堂「ふく家」では何らかの浄水器メーカーのサーバーが置かれているのを8月19日に妻をそこで最初に見つけ、妻が家へ戻る条件の誓約書を書いた時に確認していることもある。

 ※翌日、8月1日。☆食堂「ふく家」の実質経営者でもある兄の警察関係者から浦添警察署へ「本村潰し」の商売上のデマを混ぜてのやらせ的問い合わせ。
その食堂「ふく家」で働く妹らから相談を受けた経営者の実質経営者でもある兄の警察関係者から浦添警察署へ放射能の影響などの現にフクシマや関東で評判になっている放射能除去能力のある逆浸透膜浄水器の沖縄での宣伝営業活動に対するデマ通報を行ったんでしょう。
 と言うのも、家宅捜索直後の5月30日に出演した長崎放送に続き来る8月13日には、今度はTBS「報道特集」全国ネット番組出演予定となっていたことから、多少のあせりもあったのかもしれない。
問い合わせや通報を受けた浦添警察署とすれば、「いかに『沖縄電力の原発研究』を報じる新聞のコピーを持ち歩こうがどうしようがすでに20万部も発行している記事であり、違法でも何でもないが、本村がボランティアを兼ねて営業活動として動けば何かと浦添警察署生活安全課へ幅広い問い合わせが増えめんどくさい」ーと、常々潰したいと思っていたのだとすればの話だが、本村の会社が生き延びることに間違いなくなるテレビ出演予定には困っていたのだろう。
おそらく、この時点。5月24日の本村家の家宅捜索後の5月30日に私が出演した長崎放送に引き続き、来る8月13日には今度はTBS「報道特集」という全国ネットでの番組に私が出演することを妻の妹らを通じて知っていて、「本村が歩けば別に違法ではないが、何かと浦添警察署生活安全課への経・財・政界の大物らから一般庶民といった幅広い問い合わせが多くなりめんどくさくなることは間違いない」ーとのことから何とか潰したいと常々思っていたであろうそんな矢先の本村の会社が、今度は逆に生き延びることになるテレビ出演などの状況が立て続けに起こりつつあることで困っていたのではないか。

☆そして、そのデマを聞いた浦添警察署は、”デマ”は分かりつつもその日のうちに呼び出しの電話をし、その食堂「ふく家」の実質経営者で警察関係者の意向に沿い嫌がらせをする。
浦添警察署とすれば、その通報で需要と供給が一致し、去る5月24日のデマによる家宅捜索に絡めて、デマとして終えたはずのその件の残務があるからなどと、その日のうちに呼び出しの電話をし、その食堂「ふく家」の警察関係者の意向に沿う格好で本村家へ嫌がらせをすることになったのではないか。
★その時の電話で、取調べの日時を二日後の8月3日の午前十時から二時間ぐらいとした取調べの約束をする。
※2011/8/3 ↓
     ※8月3日午前8時24分、お母さんの携帯へ食堂「ふく                家」の経営者の妻で、妻の妹の志良堂ちあきから電話                が入る。(??)

     午前10時丁度、お母さんがお父さんを浦添
                警察署へ送り届ける。
                これで※5月24日から始まっ
               た一連の浦添察署生活安全
               課による金城本村リフォー
               ム設計の本村安彦に対する
               取調べが終わり、嫌疑が晴
               れ、事件が終息した。 

 ※8月3日。浦添警察署生活安全課は最後の仕上げとばかりに、妻と二人だけの零細自営家業の個人へ間をおいた取調べ攻撃を2ヶ月ものらりくらり続けたあげく、「貴方の放射能除去浄水器販売自営家業・生業と核兵器撤去ボランティアは早くやめなさい」とのある種の脅迫メッセージを届けることに成功する。  

    午後1時ごろ、 お母さんが浦添警察署近くにいるお父さ
           んを迎える。
    午後1時49分、お母さんの携帯に090-2069-9934から着信がる。(??)
    午後3時33分、お母さんの携帯へ妹の志良堂ちあきから電話がる。(??)
    午後4時31分、お母さんの携帯に県内の大
           手金融会社のオークスの債権
           取り立てセンターから電話が入
           る、、、。(??)



 ※この日、一連の家宅捜索事件が終息して、その他の懸案も解決を見たことで金城本村リフォーム設計としてはあとは新たな戦略の模索に入りつつあったが、その一方では、滞ってしまっている様々な学費や最低限度の衣食住の費用といった金銭的な問題などが一挙に脳裏をよぎった。

     午前10:00分~午後1:00分頃まで浦添警察署の市民生活安全課か                ら呼び出されて、なんと一ヶ月以上も前の先月7月の初旬までには5月24日以来5回に      亘って取調べをしてまでその事件は間違いだったということで終えているはずの、十      分に何の疑いもないことが分かっているはずの事件の件での突然の再調書だった。
         と言うのも、そのことを問う私に対する担当刑事のしどろもど                ろの説明などからは一体何のための呼び出しだったか今もって                分からない呼び出しだった印象を強くもっている。(よっぽど、               これはもしかして、、、警察関係にいる者の仕業では??など、               或いは警察そのものではなくて、誰かの嫌がらせではないか?                などと思うようになっていった。
              しかし、その一方、昨今の浦添警察署が家宅捜索までして、それ               まで誰も侵したことがない本村家やお父さん、お母さんの家へ                まで深く入り込んで繰り返す嫌がらせが続いていたことをきっ                かけに、長女・未姫にまで上の男の兄弟並みな厳しい指導方針                を貫き通すアスリート一家としては当たり前的な考え方をめぐ                り、昨日まではそんなアスリート一家の妻として、母として普                通についてきていたお母さんは、お父さんがこの日の取調べに疲れて帰って来た後からは、急に警察という虎の威をお母さんはどこから借りたのか急激に「女子にまでそんなに厳しくする必要などないのではないか」、、、などと大柄な態度にまで出てくるようになっていいった。いったい何時何処でなにがあった??

         どうも、今思えば、お父さんが取調室に居る間のこの日のその                時間。午前10時から午後1時くらいまでの約三時間、一体何                がお母さんを大柄な態度へ変えていったのか??なんで急にそ                のお父さんの考え方への対立が始まったのだろうか???
       これはあくまでも推測だが、その3時間のあいだ、実は2年前にお母さ          んの方からから浦添警察署まで来て夫婦喧嘩のことで相談に来ていた時の相       談保管記録を脅しに利用したんじゃないか。そしてこんなことを行ったんではな        いか。
      お母さんも事情聴取として、また以前のように、警察署の駐車場または生活安全課       かどこか浦添警察署内の生活安全課の伊礼課長辺りが直接担当者となって別の場所       で、その家宅捜索まで過剰にやってしまったような事件のお父さんの調書の裏を取       られていたのではないだろうか。
だから、そのお父さんだけの浦添警察署での取調べのある朝にそのことを伝えるために実の妹の志良堂ちあきから電話があったんじゃないか。
警察関係者を兄に持つちあきの夫が、その兄からその旨をお母さんへ伝えるようにとちあきの夫から指示が出たんじゃないか。
つまり、食堂「ふく家」の経営者の妻でお母さんの実の妹の志良堂ちあきから「本村の取調べ中、その話を別の場所でお母さんへ聞かせて、裏を取りたいから本村を降ろしたら、食堂「ふく家」なり、その警察署の何処何処へ行って取調べを受けて」などと、何らかの方法でお父さんが取調室で話している内容の裏を取らされるから、-との電話があったんじゃないか。
そして、その取調べが終わった頃にまた、「本村に気付かれなかった?」と確認の電話を入れて、このお父さんには「一切話さないで」などとの何らかの密約をさせられたことで何らかの縛りをその実の妹を介して食堂「ふく家」の夫の兄の警察関係者から圧力をかけられたんじゃないか?だからお母さんはそれ以来黙りこくようになっていったのではないか?そして2年前の浦添警察署に行かされた夫婦喧嘩のことの相談相談保管記録のことを一切知らないお父さんをいいことに、「もし、今日の事を話したらお父さんへ知らすぞ!!」-と脅しにも利用しているんじゃないか。

※2011/8/4昼前→ 以下、家庭裁判所へ出した仮処分申請書から抜粋:
         8月4日。その日の昼前に家に戻る途中の                   車内。夫婦でもめた。
          原因は、妻の仕事中の携帯電話の多さだった。
     電話の会話の調子からその相手の中には知っている者もいれば知ら          ない者も含まれることがある程度分かることが災いし、全く誰かが          分からない時には「誰?(二人で情報交換しなければならないこと          がこんなにあるのに妻への着信が邪魔でコミュニケーションがとれ          ないの意)」「忙しいから切っとけ!俺がいる時は後でと言えば」         「今旦那がいるから後でねと言うんだ」などと連発する時もある。
       結局何でもない証明で終わった5月24日の家宅捜索。何でもない        事が分かる先月7月末までの約二ヶ月の間に4~5回の事情聴取で          狭い街では信用ががた落ちで売り上げが普段の十分の一に激減し           た。
      (家宅捜索時の押収品目録交付書の写し2枚を添付したので参照のこ         と)
       、、、これはほんの一例だが、このところ様々な出来事が我が家         を覆い続ける。
       そんな中、車の運転以外は夫の私が自営業のリフォーム関係の           仕事をこなす。
      しかし売り上げがきつくなって約4ヶ月。心配事が山ほどあるにもか         かわらず妻の運転中での、こんな調子でのほほんと、ぺちゃくちゃぺ         ちゃくちゃやっている姿を見て後部座席から携電話を取り上げた。
      その時に互いに胸ぐらを掴むなどの揉み合いになって先に夫のボタン         一つ妻が引きちぎっただけでその後も口喧嘩以外は何もなかった。
       そのまま昼御飯を待っている子どもたちも家にいることもあ            り、妻は家の駐車場で再度けんかを挑発するも、丁度子どもの姿が見         え出した場所に差し掛かったこともあり到着後、出来るだけ子どもた         ちに気付かれないように振る舞い、そのまま時差を付けながら家に          入った。
   (8月4日といえば、丁度昼過ぎから台風の強風域に入りつつあった日)
      二人が家に入ってしばらく経ってそろそろ台風時の買い物を済ませ          ようと、丁度車の運転ができる次男がたまたま来ていたこともあり、         さっきの揉め事でスッキリしていないことも手伝い、結局その次男と         買出しに出掛けた。
       娘の話によると(ひとり家に残った)娘の父親と兄が買い物に出掛          けると同時に図ったように家にはない携帯電話を探し回るも夫がその         まま持って行った事に腹を立てる。
       そして、午後2時頃までにはその台風の最中、独りで家を出た。
     (娘の家ではリフォーム業を自営し、長年生業として来た。その手伝い         を運転免許のない夫の運転手としての重要な手伝いもしている母親が         娘だけではなく他の4人の兄もいる家を捨てどこへともなく姿を消し         た)
       その時家にはその中1の娘だけだった。
     しばらく経って買い物から戻った娘の父親である私と娘の兄は娘の母         親がいないことに気付き、一人で残されたその娘へ尋ねると「知らん」        とパソコンに向かったままそっけない返事。
      その日の夜になって台風は益々本格的に吹き荒れだしたことから心配         になってその母親がいなくなった時の詳しい情報を得ようと娘再度尋ね        た。
     すると娘は「とにかく何処に行ったか分からない。3~4回玄関のドア        をバタンバタンさせていたからきっとタバコを切らしていてイライラ         して外にタバコを買いに行ったかと思ったらそのまま帰ってこない」         と。
      またこうも推理する「これは自分の想像だけど、どっか近所の家に行         き、、、、」とも。
       娘の父親や兄たちも、又か、、、と。娘の父親は「50(歳)も超え        てもまだ同じ事を繰り返して家を捨てる母親を探し回るのも恥ずかしい        からと放っておいた。  
      5、6日経って娘の父親が心当たりに声を掛け出した。
        、、、、、以下省略。つづきは、別紙「仮処分申請書」を参照の          こと。   
同日※2011/8/4 ↓
      上記にもあるように、午後2時ごろ、お母さんはたった一人で家を出         ることになる。
        その経緯の真相は実はこうではないか:
その前に、妻のそのような素行の根底にある以下のようなことを先ず、明らかにした上で事の真相を推理してみたい:

推理:
8月4日、↓  
この日の午前中の上記のようなお父さんとのぶつかりなどの出来事の         主原因である前日や当日に電話で請求のあった夫には話せないような         オークスなどの金銭的な問題を誰かに相談しようとするも、携帯電話         もなく、近場の電話を借りた家から第三者へ相談を持ちかけたとこ          ろ、その夫のお父さんの知らない金銭的な問題をお母さんと関係持つ         ような本村家に対して一種のやましさを持つその第三者で相談相手          は、金銭的な自らの問題にも絡むような緊急な問題を解決せんがため         の目的で、そんな腹づもりなどに気付かず連絡してきたお母さんへ       
「お父さんと喧嘩をした?夫に殴られるかも知れないから家をいった         ん出てみれば」などと、ありもしない暴力といううそでそそのかし、         一日でも家を空けると大混乱に陥ることとなる本村家の妻で主婦兼自         営家業の共同経営者でもあるお母さんに対して、実はその秘密を夫の         お父さんに知られるのが怖くなって、自らが逃れるために本村家の重         要な役割のあるお母さんの立場など一切かまわず無責任なアドバイス         をしたのではないか。
   そしてその第三者の思惑ありな指示でお母さんがたった一人で台           風が迫る最中家出を果たしたのではないか??しかもパトカーで??         或いは食堂ふく家経営者の車で。
   そして、それまでの一連の時系列からはもしかしたら、その第三者で         相談の相手というのは実は、お母さんやお父さんを陥れている張本人         で、その様な状況が早く来ないかと待ち構えていたその相談相手と関         係のある浦添警察署の生活安全課の誰かか、或いは同じ浦添警察署は         浦添警察署でも、本村家を貶めようと画策している生活安全課と関係         を持つ第三者で、その生活安全課以外の部署の夫の暴力が原因と勘違         いした単なる110番または婦人警察官だったのではないか??
    つまり、お母さんの混乱の原因は、浦添警察署の生活安全課と何らか         の関係を持つ第三者が持ち続けている本村家を貶める狙いの思惑など         が主因で、その事にまったく気付く様子のないお母さんは間違って、         本村家を貶めようと待ち構えている張本人でもある第三者と関係のあ         る浦添警察署へ相談の申し出をしてしまったたのではないか。あべこ         べに。
     そして、この日または後日、浦添警察署生活安全課の思惑などに未だ         にまったく気づいていないお母さんから本村家のお父さんや子どもた         ちを貶める情報を浦添警察署生活安全課とその第三者は易々と入手で         きたことだろう。
    要するに、表向きは、暴力も振るわない単なる夫婦げんかについてで         はあるが、今後はできるだけ回避するためには一旦は家を出たほうが         いいかどうかというようなごく世間一般的にもありふれたような何気         ない夫婦喧嘩について相談を持ちかけたお母さん、というシナリオを         用意していたのではないか。
     そして、その裏を知らない他の警察官らへ夫の暴力が原因と勘違いさ         せ、そのお母さんの家出当初の、第三者絡みの生活安全課とはまった         く別の課である、その裏とはまったく無関係な地域課の婦人警官の誰         かがその相談者で第三者に摩り替わったのではないか。
 しかし、その後その純粋な警察官、または婦人警官がいろいろと調べて        いくうちに夫の暴力はないことに後で気付き、一連のDVや虐待などと        のデマを元に大騒ぎしたのはいったいなんだったんだろうなどと、ばつ        が悪くなったことから最後には本村家を潰す思惑のある生活安全課が扱        い、生活安全課や相談者で第三者自らの狙いである本村家を貶める目的        のためにお母さんを「金銭トラブル回避の保障」を盾に脅し、騙しだ         し、巻き込み、お母さんを益々本村家から遠ざけてしまったのではな         か。
その証拠として、お母さんはしきりに食堂「ふく家」で働かざるを得なくなってしまっていて我が家や家業へ戻れない状況が存在するのではないか。
        或いは、少なくとも8月4日以来、今日現在も家出状態のお母     さんと、その後途中の8月12日から拉致監禁され続けている         娘の被害の原因までその浦添警察署生活安全課が作ってしまった可能         性も否定できないのではないか。
     いや、それらすべてが浦添警察署生活安全課の仕業なのかも知れない。
  だとすれば、お父さんが妻・お母さんや、娘・未姫との相談のことで         会おうと連絡を取ろうとしたとき必ず妨害をしてきている警察権力の         壁や影が常に立ちはだかるつじつまや、そんなにまでして本村家を貶め        るなどとの狙いがある警察権力の思惑など知りようもない妻・お母さん        や娘・未姫と、食堂のふく家でのお母さんの実の妹たちの一連の警察権        力をバックニした横柄な態度のつじつまも合致することになる。
       (※8月4日。この日からの出来事はすでに詳細な内容として、        「仮処分申請書や被害届」の文書につづられていますのでご覧くださ          い)
過去20年の金銭面での事実と推測からの考察:

「なんで母で妻の本村弘美が家に帰れないか?を金銭的な側面から」

あえて今回このように大げさに表現することで、あらゆる可能性を大胆に推測まで行い、真相を明らかにし、最終的には「そんな大それたことまではなかった」-と、逆に証明していく必要があると思い、以下したためましたのでご一読ください。

  故・島袋照子は25年以上も前の過去において、自らが使う目的で実の娘で長女の本村弘美(当時の姓は旧姓で金城弘美)を名義人または連帯保証人として借金をした。
その後、その故・島袋照子自らが使った金銭債務の返済から自らが逃れる手段として、当時はすで嫁に行き、別々の世帯を持って何年にもなっていた本村弘美に対して、未だ二十歳をわずかに過ぎたばかりの若さでその意味もよく知らないことをいいことに「破産宣告が楽だ」と自己破産を押し付け、逃れた。
後になって、寝耳に水のその話を聞かされたときに「確かに自己破産すれば法的にはあらゆる債務から逃れられはするもののしかし、一方では、我が家の妻であり母親でもある本村弘美が、しかも別世帯の実母に自己破産されてしまっては、今後の我が家の人生の中で起こるであろう様々な社会的困難やペナルティーがその自己破産をしたことによってより多く降りかかることになることを伝え、当時のその選択は実は、本村弘美にとってはごくわずかなリスク回避のために膨大な便益を失うことのほうが大きい。間違っている」と当時も本村弘美へ話し、止めるよう薦めたのを今でも覚えているものの、この一家の主である私へは一切話もなく、私抜きで進めた手続きだったことから止めさせきれなかった。
おかげで妻・本村弘美自身はもちろん、本村一家の主である私自身や子どもたちも結婚当初から時折、社会的、或いはこと金融機関との関係において一人前じゃなかったことで後悔し悩み続けることになった。
案の定、本村弘美自身は、人として、一人の人間・子を持つ母親としては現実から逃げてしまった無責任ーとの内なる自己批判や、その自らの実母の不道徳がまねく殺伐とした将来へいざなう道徳的社会通念の制裁から以後十年余り、一人前の大人として扱われなくなる恐れの可能性を常に背負ってきてしまっている。
 今から15年ほど前にもこんな事があった。               「県営団地の住居強制立ち退きの手続きの時間帯には絶対に立ち会うな。立ち会ったら本当に追い出されてしまうぞ」ーと、妻の本村弘美へ注意していた本村一家の主で夫の私の注意を、なんとその故・島袋照子は娘・本村弘美へ「母ちゃんの言うとおりにしなさい。強制立ち退きの手続きの時間にはちゃんと立会いなさい」などと、たぶらかし、本村弘美は主の私へは一切内緒で従い、おかげで即刻強制立ち退きに入られ、本村弘美自身も泣き泣き本村家一家全員の家を失わせた。
私が知らせを受け、駆けつけたときにはすでに後の祭り。詰め込めるだけの世帯道具を詰め込まれた普通乗用車の運転席でわずか生後三ヶ月の五男をひとり抱きかかえさせられるという冷たい扱いをされた本村弘美は、実母・故・島袋照子のあやまちに気付き、以後15年実の母であるその故・島袋照子の言いなりにならなくなり、本村家の母として妻としてここまでの15年成功の道を収めることができた。
 しかし、15年の歳月と本村一家の主である本村安彦の注意不足や甘さがそのお母さんのあるべき姿、または道を狂わせた。
実は、その遠くに居るべき故・島袋照子が去年から近くの県営城間団地へ引っ越してきてからは怒濤のごとく、お母さんの昔の記憶へ記憶へと流れさかのぼって戻ってしまった。
そして、今回。
この二十年余、本村家で頑張ったお母さん自身の名誉や徳性。そして社会人なら当然の利益と債務。普通の社会人なら真正面から立ち向かわなければならない。
しかし、その故・島袋照子はまたもやお母さんへささやいた。(以後の内容についてはあくまでも可能性を追求してみた)
特に「離婚して、母子家庭になれ。そしたらかなりの母子手当てが入る。今の暮らしより楽になる」とのささやきは強く強調したのではないか。(故・島袋照子自分自身にはどんな狙いがあったかは本人に聞かないと知らないが、考えられることと言えば、例えば、母子手当てや福祉の援助金を持ってくる自分の思い通りになる娘を増やせることなどの欲得がありはする)
そして、故・島袋照子は、自らの実の娘・本村弘美の嫁ぎ先の本村一家の自営家業でその実の娘自身も夫と二人の共同経営者でもある金城本村リフォーム設計という、リフォーム工事などの仕事上の債務を背負ったままではその受給資格を失いかねなくなることから、「本村家の一切の債務を負わないで」その本村弘美と本村安彦の家業を潰し、市役所や福祉などの母子家庭などの援助を得させ、得る目的があったのではないか。以下、考えられることをさらに言えば、故・島袋照子自分自身への多少の小遣にもありつけるかもしれないなどと少しぐらいは目当てにしていたからこそ、債務の多い本村家の家業の共同経営者でありながらも連帯債務者にはなっていなかったことを本村弘美から聞き、
「ほら、昔かあちゃが言ったとおりに破産宣告で自己破産しておいてよかったでしょ。だから連帯責任者にさせられなかったんだよ。こんなふうなときに助かるんだよ。ありがたく思え」とささやきながら債務0での脱出・逃亡背任を図り、実娘・本村弘美をそそのかしまたもや教唆したのではないか。
そして、偶然とはいえ、その計画の道半ばの8月20日に本村家の主で本村弘美の夫の本村安彦が突然現れ、妻・本村弘美と娘・未姫を連れ戻そうと部屋へ入ってきた。
しかし、故・島袋照子がそのような計画を描いていたのであれば、浅はかではあるが、その浅はかな計画にとって必須の孫娘・未姫を取り戻そうとする娘の父親の本村安彦を追い払おうとしたものの、力尽きたのか、人生を全うしたのか、しばらくしてひとりでにその場で倒れ、救急車で運ばれはしたものの翌21日にはこの世を去った。
  以上のような故・島袋照子と本村家の金銭にまつわる事実と推測の話は、故人本人とその実の娘で本村家の妻で母の本村弘美とその夫・本村安彦のこの三人だけにしか理解できない話であることから、偶然にも亡くなった故・島袋照子の四十九日の喪が明けた10月9日を持って終えたものとすべきであるとしたい。
よって、そのあやまった計画は実娘・本村弘美が実母故・島袋照子に代わって終わらすべきである。
終わらすことで、昨日まで足踏み状態が約三ヶ月続いてきた本村家一家全員が新たな明日の生活へ踏み出し、前へ進める。
以上。
平成23年10月19日 本村安彦

 ☆翌、8月4日に運転手役の妻を行方不明にさせて、その妹と夫は今度も私に無免許運転をさせる状況を作り出し、無免許運転をしたところをかねてから「情報屋」を介して私のライフワークである「沖縄から核施設を撤去させよう!!」とのボランティア活動を監視していた警察関係の兄を介して警察へ通報して逮捕監禁させ、仕事からはずし、ライフワークのボランティア活動も仕事もさせないようにしようとした。
私は5日後の8月8日に家出中の妻を探し当て、翌日家に実母や妹の香に伴われて戻ってきた妻とその運転免許の事について話し合いをした。
私はこの間も当然のようにチラシ配りと営業は徒歩で続けた。
翌日朝から、せめて夕方ぐらいまでの時間帯だけは仕事の件とは別にしてでも当時すでに家に残る遺棄・放棄状態にあった後になって拉致されることになる娘も含む5人の未成熟子の扶養の義務だけは最低限果たすことを決める。
翌日から子どもの送迎と家事だけは最低限やる目的で朝早くから何処からともなく現れて家事と子どもの送迎だけはやり続けた。
しかし、運転免許のない私が、徒歩で出来ることといえば自宅の地元を回るぐらいだが、それでもなんとか営業に毎日出てライフワークのボランティアを兼ねながら浄水器の販売営業を続ける傍ら、運転免許取得へ向け自練へ通うのを繰り返して三日ほどした
8月12日の早朝。
★その日も何処からともなく娘の早朝練習の出発時間に少し遅れてやって来た妻へ、待ちきれず徒歩で先に練習へ出掛けた娘を途中でピックアップするよう指示を出し、娘を浦添総合グラウンドへ連れて行くように頼んだ。
☆おそらくその時は、「いかなる理由があろうとも直ぐに家庭や仕事、そして社会的なあらゆる物事をむやみに放棄させられてしまったようなお母さんを真似することがない母親になりなさいね。お前は。お父さんは知っている。娘のお前に対してお母さんがここ2,3日しきりに自己弁護を繰り返しているのを。しっかりしなさいよ!!」
ーと前日の晩辺りからその13歳の娘へ陸上のトレーニングを行いながら、更に厳しく、時には涙がにじむほどのいち人間としての教育的指導を繰り返しながら強く話し掛けていた事を娘から聞いて知った妻から又聞きをした食堂「ふく家」の実質的経営者で警察関係者らが只、単に「気に入らない」と思ったのだろう。
その時は、只それだけの理由で娘の拉致をもくろんだのだろう。
そして「父親が娘に対して虐待をした」などとありもしない「デマ・狂言」を先ず浦添警察署へ流し、その後その13歳の娘まで伴って「配偶者暴力相談」などとして女性センターへ父親へは一切連絡もせず違法に連れ出し巻き込んだ。
以来、裏を取るうちにその事実は無いことに気付きはしたものの、父親へ「疑って済みませんでした」と一言謝罪すれば済む話にもかかわらず、その時すでに一週間が過ぎていて後へ引けなかったのか、それとも庶民を馬鹿にしたのかそのまま拉致することにしたのだろう。
☆そこで、娘13歳に対し、そして妻に対してそれなりの「悪者」に父親を仕立てる必要性が生じた。それが、事の始まりではなかったか。
 おそらくその日の時点では、運転手役の妻が居ないなら居ないなりに地元を徒歩で回るなどの方法での営業やボランティア活動をしぶとく続ける私に対し、娘まで居ないとなれば、きっと今回も過去同様、緊急避難的に無免許で自動車を運転し、娘の捜索を始め出し頻繁に無免許運転を繰り返すのではないかと踏んだのだろう。
また、翌日の8月13日予定の全国放送へ父親の私が出演するとなると、私の仕事やボランティアも間違いなく好転することにつながることは目に見えていたことから、「本村の家族潰し」を企ててきたそれまでの努力が水泡に帰するのではないかとの危機感もあって、「娘の拉致」などという大それた犯行行動を取ってしまったのだろう。
また、その全国放送出演という私の約二十年来のライフワークが実り成功する姿を、いずれは自らの商売の広告塔として利用したくて手に入れたい娘・未姫(みき)へだけは見せたくないという思いもあったのではないか。
なにしろ、彼らが、浦添警察署を利用し、拉致以後のこの娘へ行った悪戯では「あんたのお父さんの商売は悪い商売で、被疑者とまでなっている」などと警察官から十分すぎるほど思わせるような悪戯などがあったからだ。
 無免許運転での逮捕監禁を目的に娘の未姫(みき)まで拉致してまで私に無免許運転をさせようともくろんでは見たものの、しかし私は、 この8月12日の午前8時18分以来連絡の途絶えた娘の未姫(みき)と妻を案じ、試行錯誤の末、その時の連絡係りの四男の公平(こうへい)から伝えられる状況を「拉致」と疑い、認識・判断した午後2時ごろには前日からその拉致された娘の未姫(みき)や妻、その他の家族へ話してあったとおり、その彼らの悪戯を那覇家庭裁判所へ「拉致」と口頭で訴え、申立て書での手続きではその疑い、認識・判断である「拉致」を確かめる目的で、その彼ら食堂「ふく家」の経営者や第三者らを浮き彫りにする目的でとりあえず、その当時事実として表面に現れている現象である妻の置かれた立場から始めることとして「扶養の義務悪意の遺棄母妻事件」として彼らの思惑などまったく知らないであろう妻を相手方として調停を申し立てた。
以来、その家庭裁判所への調停申し立てによって、そのようなその食堂「ふく家」を中心とする彼らの「本村潰し」の手段であった「無免許運転での逮捕監禁」の思惑は外れた。
 そして、夜8時頃になって私が浦添警察署へ娘の分の家出人捜索願を出し、数時間前には家庭裁判所へ「その妻を利用している彼らを浮き彫りにする目的」があることは伝えず、只単に「扶養の義務違反の妻」という趣旨だけの文書を見せ、その通り調停を申し立てていることをその時の浦添警察署の警察官へ伝えた。
おそらく、その食堂「ふく家」の経営者や関係者らはその家庭裁判所への訴えを知って、「無免許運転で逮捕監禁」との当てが外れたことから慌てて万が一のため、最低でも娘を拉致したことだけは隠蔽しようとの対抗処置として、その時点ではすでに「ドロボーの片棒」を担いでしまっていたこともあり、その浦添警察署も一緒になって「夫婦のいさかいで家出している」-とのストーリー作りに入る目的で女性センターへ先ず、アリバイ的な実績作りの目的でそうとは告げずに「何らかの相談」という名目で出向いたのではないか。
その根拠はというと、これまで教育的指導や過去3~4年ほど前にあった正当防衛での緊急避難での夫婦のいさかいはあっても「暴力」などというようなことを一切振るっても居ないにもかかわらず。後日分かったその彼らの行った8月12日と8月30日のその女性センターでの相談内容は「配偶者暴力相談」となっていることである。
その根拠や証拠はまだある。
その一週間後。8月19日。その食堂「ふく家」で無理やり働かされている妻を見つけた時。二人話し合った家へ戻る条件を提示する妻の条件の中には「暴力を振るわないで」などという条件など微塵も無かった。
その時は、妻の実の妹の志良堂ちあきともうひとりの実の妹の金城香の二人。そして実母の故・島袋照子も立ち会っている。
そして、その時私が書いた「暴力」の文字などまったく入っていない「家へ戻る条件誓約書」を妻が今も保管しているはずである。
以上2011年12月3日 おやじ・本村安彦
 ※8月3日。浦添警察署生活安全課は最後の仕上げとばかりに、零細自営家業の個人へ間をおいた取調べ攻撃を2ヶ月ものらりくらり続けたあげく、「貴方の放射能除去浄水器販売自営家業・生業と核兵器撤去ボランティアは早くやめなさい」とのある種の脅迫メッセージを届けることに成功する。   
 ※翌日8月4日。妻と二人だけの零細自営家業の個人業者の妻で共同経営者で運転手役が、この自営家業では今後も警察からいじめられるのではないか、との恐怖心から、いち経営者としてもいち主婦としてもすべてを遺棄・放棄させられ、一人で家出。      
 ※八日後の2011年8月12日。第三者の狂言を利用した浦添警察署が運転免許も持たない主人たった一人だけが残った零細自営家業の個人宅の13歳の娘の拉致誘拐を指示したことで、実行犯が娘の母親のため逃げ出せず二ヶ月が経った今も未だに寝泊りを転々としていて、自分の家族の待つ自分の家へ帰って来れない。
2011平成23年12月7日の妻の「お母さん」と娘の「未姫」への手紙から:
読んで違うところがあったらチェックして自然に持たせてね
  おやじ(2011平成23年12月7日付け妻への手紙から)

 8月4日。その日の昼前に家に戻る途中の車内で夫婦でもめた。 
原因は、妻の仕事中の携帯電話の多さだった。

その時家にはその中1の一人娘だけでした。

しばらく経って買い物から戻った娘の父親である私と娘の兄は娘の母親がいない
ことに気付き、一人で残されたその娘に訪ねると「知らん」とパソコンに向かっ
たままでそっけない返事。

これはその日の夜になって台風は益々本格的に吹き荒れだすことから心配になっ
てその時の詳しい情報を得ようと娘に再度訪ねた。

すると娘は「とにかく何処に行ったかわからない。3~4回玄関のドアをバタバタ
させていたからきっとタバコを切らしてイライラして外にタバコを買いに行った
かと思ったらそのまま帰って来ない」。
またこうも推理する「これは自分の想像だけど、どっか近所の家に行き、と。

娘の父親や兄たちも叉か、、、と。娘の父親は50を越えてもまだ同じ事を繰り返
して家を捨てる母親を探し回るのも恥ずかしいから放って置いた。

5、6日経って娘の父親が心当たりに声をかけた。

★翌日、8月9日の夜に、27年前に同じように当時はまだ7人の乳飲み子を含む家族を捨て家出をした39歳当時から今日まで、そのままの状態を続ける現在67歳の娘の祖母にあたる娘の母親の母親の故・照子ががその娘の母親を伴って娘のいる家族の元へ現れた。
 ★前の晩8月8日に声をかけた者の中には娘の母親の母親もいて、その母親の母親へは特に強く「何度もこんな事を繰り返すには何かしらの負担を貴女の回りがかけすぎているからじゃないですか?じゃなければ何らかの薬物か覚醒剤の疑いもあるんじゃないか、という専門の関係機関の者の話しもありますよ。かばうだけじゃなくよ~く見て下さいよ!!親ならその辺りも注意して」と、善意からこう言ったのが気に入らないなどと凄い形相で来て、そんな疑いが生まれる自分の娘の行動を正すかと思いきや、逆に「あんたは気に入らない。離婚させる」とまくし立ててまた連れてかえろうとする始末。
 ☆おそらく、昨晩から家へ来るまでの間。妹の香の男やそしてその一家。或いは食堂「ふく家」の経営状態などを照子は聞きまわったんだろう。そこで、過剰に妻へ負担が行っていることを感じはしたものの、しかし、「覚せい剤又は薬物」の疑いについては専門へ尋ねる必要性から、警察関係者のちあきの夫の兄へ相談を持ちかけるまえに自分自身で確かめる必要性を感じたのではないか。
その時照子が話していた「覚せい剤ってお金がないと手に入らないんじゃないの?高いって聞いている」などのことからおそらく、昨晩からこの時間帯までに一応は調べるため友人知人へ聞いていた様子が窺えたためある程度の情報は集めていたのではないか。
そこで出た結論が「誰がそういっているか」について本村へ「どこの誰がそういっているか聞いてこよう!!」などと、かまをかけるなどの賭けをしてまで事がことだけに確認をする必要性から自分自身の目と耳で本村から直接聞き出し、確かめるために照子はわざわざ伴ってきたのではないか。
実はそれを確かめることこそが第一番目の目的だったのだろう。誰が考えてもそうなる。
 ★自分の娘のそのような素行の原因などを詳しく聞こうとはしないその母親の母親に対して本村は、「50も余って家を捨てる母親の母親でありながら、原因は自分のこの27年にあるのに、それを6人もの子どもたちをすべて並行にこの20年間義務教育期間無遅刻無欠席を達成させ5月20に行われた浦添市市民会議では健全育成で表彰されている。同時に高校生の兄たちも並行に無遅刻無欠席を達成させている。6人全員が9ヵ年間無遅刻無欠席どころか12年間無遅刻無欠席もだ!!。そうやってちゃんと子育てをしている60前のこの家の主で父親でそんな娘の夫に向かって、しかもそんな家へやって来て、なんてことを言うんだ!!」
と怒鳴りかえす。

 ★最後は覚醒剤の疑いの話しに戻ったあたりで娘の父親はその母親の母親を庭へ連れだしその覚醒剤の疑いの話をさらに二人だけで詳しく話をしょうとした途端。それ以上はもういいかのようだったとしかいいようがない様子をし、話をつづけようとする本村を遮るようにその娘の母親と、付いてきた妹の香らには構わず帰って行った。
 ★庭に出た帰り際の娘の母親は、重要な自営業の手伝いと最低限の中学生二人の主婦役は明日からやると言い残し、妹の香と伴にまた家を出た。
 ★、これは特記しておく。この日はかなり口論もあったが、この日から二ヶ月以上経った10月27日という後々になってでっち上げで持ち出す「配偶者の暴力」などの話はこの時も一切無かった。
 ★、これも特記しておく。照子は家に帰ってから四男の公平へ電話をかけ、「お母さんは必ず家に帰すから心配しないでね」-と伝えている。(お父さんへはこの電話のことは内緒にしてね、とのニュアンスで)
 ☆おそらく、庭先へまで自分だけを連れ出して話しかけようとする本村の様子から、「これは本当にその話をしている者がいることは確かだ」と判断したのだろう。だから、その場で本来の目的を終えたことでそのまま振り返らずに帰って行ったのではないか。
 ☆おそらく、その後このようなことがあったのではないか。
「本村が言っているのは本当だ。誰かがその事を疑っているのは間違いない。このままでは宜野湾の本店が実は、覚せい剤なども扱うことは常識とされている売春婦相手のゲーム喫茶で儲かっていることまで公になれば大変なことになる」-などと、ひとり帰り道を歩きながらどうにかしなければならないと考えていた照子へ二人の娘が追いつき、そのまま一緒に団地へ向かい、その事について食堂「ふく家」辺りで妹のちあきの夫、もうひとりの妹の香の男、そしてせいほうの警察関係者の兄らも集まり、相談することになったのではないか。そこで、もし妻が家に帰らないとなるとなればとにかく大変な事態になるのだから最終的には早く妻を家に戻すことで話は付いたのではないか。
しかし、その後もそのことへ言及させないように用心だけはしなければならない旨申し合わせをし、翌日も又、話し合うことになったのではないか。
 ★翌10日。前の晩に娘の母親が約束したとおり、重要な自営業の手伝いと最低限の中学生二人の主婦役は翌朝早くから出てきてそれをやった。
 ★しかし、夜になるとまた出て行く妻の様子だった。
 ☆おそらく、その日も食堂「ふく家」辺りで昨日に続く話し合いをする予定になっていて、その事をうまく伝えきれなものだから黙ってそのまま家を出たのではないか。昨夜に続く話し合いで、「妻が戻ったら戻ったで追求を緩めないのではないか」-などとの話になり、当面その結論が出るまで家出を続けさせることになったのではないか。
 ★その翌日の11日の朝も続けた。その夜にまたどこへやら出ようとする娘の母親を見かねて、そのような状態になるまで追い込んでいるその背景に潜む因果関係を二度と許すまいと、その晩は残った家族でとりあえず娘の母親を「民放877条の扶養違反」と「悪意の扶養義務遺棄」で家庭裁判所に訴える事を決める。
 ☆その晩の話し合いではおそらく、本村が追求する時は決まって酒を飲んだ時だろうから、昔のように酒をやめさせる必要があるとしたのではないか。そのためには娘を奪い人質にする必要があるのではないか、などと話し合いをしたのではないか。
 ★翌8月12日の早朝、家にいる娘をグランドまで送らすと、娘を送る車内で娘から昨晩の情報を得ようとしたのか、本当に自分のこれまでの素行を家庭裁判所へ訴えるのかどうなのか様子を見様としたのか、それとも娘がそれまで関わっていたお父さんには一切隠していた数年前からの食堂「ふく家」との関係の証拠隠滅と軟禁洗脳が目的なのか。
 ★以来、そのまま娘を連れ去ってしまったまま今日であれから約4ヶ月になる。
☆これもこの日から二ヶ月半経った10月27日に明らかになることだが、この日は「配偶者暴力相談支援センター」へ行かされていることが分っていることから、おそらく昼前の早い時間ぐらいまでは「その申し立て書を提出したらこの娘を奪うぞ!!」-という誘拐メッセージを込めていたからこそその後、その娘の担保や人質としての価値を高めるため、娘や母親との連絡をわざと絶たせたのではないか。
そして、とうとう提出をしたことを夜の八時辺りになって明らかになったことから、犯人らは自らの犯罪を隠蔽する目的で、あわてて「夫婦喧嘩や家庭内のDV」などというストーリーで、「その家の娘と母親が二人で伴に家出をした」-との偽のアリバイ作りを急ぐため、わざわざ妻や娘をかくまってるその場所とされる浦添市城間にある県営団地の3号棟ー401号室まで出向き、その画策を練ってから「配偶者暴力相談支援センター」へ妻と娘を脅し、そそのかし、出向かわせたのではないか。
★この時、確か午後の10時過ぎだったと思うが、その団地の一室の入り口付近ではこんなことがあった:
 二時間ほど前の午後八時ごろに娘の家出人捜索願を提出して、「もしや?」と思いその団地へ確かめに行った。
すると、部屋のある四階の踊り場付近で様子を見ていると、団地内へパトカーが入って来て、その四階まで警官の一人が登って来てその部屋ドアを指差しこう言った「来てる?」-と。
☆つまり、向かいの一号棟から様子を見ていた妻の妹の金城香の家族の誰かが、110番通報して城間交番のパトカーを呼んだのだろう。それで、私を110番をかけた本人と勘違いした。★そして、本村と名乗った私に気が付き始めて「家出人捜索は取り下げてください」と浦添署の生活安全課の伊礼課長へ電話した。
★そこで、伊礼課長は本村を追い返すように指示を出した。
☆、おそらく、この時は伊礼課長は浦添警察署内のどこかに居て、私へ携帯電話から「今日はもう遅いから帰るように」と、何の根拠もないにも関わらず強制をしたのだろう。
これは推理だが、犯人らは「夫婦喧嘩や家庭内のDV」のでった上げで忙しい。
おそらくその団地内或いは食堂「ふく家」あたりを出て浦添警察署内の一室でアリバイ作りを急いでいた。そして実はまったく実態がない「配偶者暴力相談支援センター」称した書類をその浦添警察署内であしらえている最中だったのではないか。
だから私がその団地へ来た時はその団地内には誰も居なかったのではないか。それを知られるのが怖くなった浦添警察署の伊礼課長は城間交番の警官の携帯電話まで介して私へ無理やり今日のところは引き下がることを大声で怒鳴っていたのではないか。
 彼ら犯人らが自ら犯したその刑法犯罪である「拉致教唆」を逃れる目的のために。
 そして、その内容はというと:
☆おそらく、拉致や誘拐を教唆されただけで何の罪にもならない妻へは「あんたが罪になる」とうそを言って脅し、そそのかす。
その一方娘へも「あんたも今日お母さんと一緒になって家出したことにしないとお母さんがあんたを拉致したことで刑務所に行ってしまう。だから絶対に拉致されたとは言わないこと」-と、ありもしない妻の刑務所行きを盾に娘まで脅迫し、脅し、そそのかしたのではないか。
 ★家庭裁判所平成23年(家イ)第413、414、415、416、417号事件各々として調停日程調整中として届けたその8月12日の昼には恐ろしくなり躊躇して提出間際に受付で相談すると、母親の素行を訴える申し立て人の一人である娘を相手方である母親が連れ去ったなら危険な疑いはあるから警察暑へ家出人捜索届けをだすのがいいのでは、
ーと言われ、夜の8時を回って娘が生まれて初めて(学校行事や旅行以外では)こんな遅くまで音信不通でさえなかったこともあり、「家出人」として届け出書を提出。
翌日帰って来ない娘の相談で家庭裁判所に行くと児童相談所がいいと言うので警察に通告を頼むがどうなったのかわけがわからないまま数日が過ぎる。

3日目の午前、メールで部活中とあったので部活へ様子を見に行くと父親の姿を
見るなり逃げてどこかへいなくなった。直後自転車で校内外を探すとなにやら不
審な車両に娘らしき影を発見するも見失ってしまった。

内心、あれはもしや児童相談所の車で保護されているのかな?とも思い、ほっと
するも不安は募り、翌日見覚えのある車両ナンバー(11‐27)を児童相談所で発見するまでは安心できなかった。受付で訪ねると教えてくれはしなかったものの娘は機関に保護されている確信を得、娘が居なくなって初めて安堵感に浸った。(8月19日金曜日)
その足で早速裏付けを取るため警察がおうむ返しをする「母親と一緒だから~!」と繰り返す娘の母親がいるとされる母親の母親の住む団地への電話と娘の
母親が手伝っているだろう姉妹の経営する食堂で娘はいないが娘の母親だけはい
るのを確認した。
翌日20日土曜日午後。その食堂へ行くと本日休業。
夜の9時半頃に団地に電話をかけるといるというので入り娘を8日振りに身近で
見る。
その直後の詳細は別の機会に、、、。
以上。
2011年12月7日 おやじ、本村安彦

 ※翌日の8月13日夕方5時30分。TBS全国ネット「報道特集」の沖縄の核兵器報道に妻と二人だけの零細自営家業の主人の私が出演し、全国へ沖縄や日本の平和運動を広めるがしかしその一方、今日現在、その自営家業は潰れかけ、妻と娘は行方不明状態が続いている。 そして、その背景にいる間接的弾圧者で沖縄の権力構造の頂点に居座る加害者らは暗黙のうちにそうなっていくことの情報をなぜか承知していた、、、。
 だからといって、これはなにも国や沖縄電力そして県、或いは市などと言った経済や政治の統治者や支配者がこんな普通の市民一家でしかないいち本村家を直接的に言論弾圧していると言おうとしているわけではありません。では誰がいったい何の目的で彼ら経済や政治の統治者や支配者の間接的な言論弾圧加害行為に手を貸しているのだろうか推測してみるとこうなるのではないか:               
 それは、彼ら国や沖縄電力そして県、或いは市などと言った統治者らから回っているであろう言論弾圧裏金を貰い続ける警察関係者と、その警察関係者へ情報を提供することで警察裏金が得られる情報屋個人のこの本村家に対する個人的な誹謗中傷での警察への情報提供と、5月24日の浦添警察署生活安全課が絡む家宅捜索のことを知ったいち警察官の個人的なこの本村家に対するねたみや勘違いなどからくる直接的な言論弾圧が、間接的には彼ら経済や政治の統治者の弾圧に手を貸していることになるのではないか、ということを言いたいのです。                               
 或いはその逆も考えられます。つまり、浦添市の一市民が、過去二十年にも亘り執ってきた商活動方法を普通に行ったことがたまたま彼ら経済や政治の統治者側が自らの愚かな行いである沖縄電力の沖縄本島での「7年前から行われている原子力発電研究」批判に繋がるからといって、その一市民としての商活動をそのものを本末転倒にも不当なものとしてあべこべに「言論弾圧」などと称し、新聞社などのマスメディアや浦添警察署へ訴え、「本村を潰してくれないか」と泣きこんだ可能性も否定できないのではないか。
(むしろその事例が近年の日本では増えているそうである)
 もしそうならば、仕事の合間ですでに20万部も発行し終えている記事を配る新聞の切抜きのチラシや個人的なインターネット上での言論を指しての訴えでしかないのだから、むしろその訴えに手を貸したマスメディアと警察署は余計に罰せられなければならない。
特に4ヶ月間にも亘り、その個人宅の娘や母親と、その父親で夫間を音信不通にすることで、①「親の正当な指導監督に背けさせ」②正当な理由も無く家を空けさせ」③「いかがわしい場所へ出入りさせ」④「いかがわしい場所へ出入りする不道徳な者と交友させ」⑤「その13歳の持つ『6年間皆勤賞』の徳性を害させ」るなど、その間すでに犯してしまった13歳の娘の少年法違反教唆や刑法224条・225条~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任罪教唆)刑法第217条~218条(遺棄罪教唆)その他諸々の刑事事件などの不正義などを警察としては知られたくないだろう。だからそのことを追及するであろう父親と妻及び娘とはその音信不通のまま離婚でも何でもして貰おうとしているのではないだろうか。
 弾圧は、個人や団体が自分たちの集団より劣っているという意識、あるいは無自覚ながら劣っているという思い込みが背景にあることが多いと聞きます。
その理屈からすれば、この金城本村リフォーム設計という家業を持つ本村家は個人です。個人が被弾圧者にされるていのですから加害行為の弾圧者もきっと個人に間違いないのではないのでしょうか。
そして彼ら経済や政治の統治者側自らは高見の見物でそのような違法な人権侵害行為を暗黙のうちに認めている、のではないだろうか。
(1948年12月10日に国連で採択された世界人権宣言、1976年採択された国際人権規約)
以上
詳細はブログ→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3824783.htmlをご覧ください
2011年12月5日
沖縄県浦添市港川2丁目10番8号
  金城本村リフォーム設計 本村安彦 電話番号:098-876ー5538




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