2008年11月20日
同艦は核弾頭付き潜水艦発射弾道ミサイル搭載として知られていた
2008年11月11日には、米海軍横須賀港から沖縄初配備へ既に向かっていたことになる。加えて10日の米原潜無通報寄港、放射能含む冷却水漏れ問題もだ

先走る自衛隊にはシビリアン(文民)コントロールなど微塵もない

「麻生では駄目だ米軍に盾突く。歴史の苦労を無視してる」米政府。
戦後の日本・本土国民の為だけの安保を沖縄の住民だけが担っていただいたお陰で、
沖縄を除く本土・日本国民だけが多く繁栄した。
当然、そのことに対する代償として沖縄県民へ金を払わなければならない、
といったような単なる金銭的なリスクはあった。
が、しかし、その代わりその単なる金銭的なリスクとは比べものにもならない程の大きなリスクである
”国の安全保障”を本土・日本国民が自前で実行しなければならないといったような、
膨大なエネルギー浪費のリスクは全くなかったせいで、
専ら、くだんの金銭絡みの経済活動向けだけに全エネルギーが向けられたことによって、
敗戦後の日本国の経済成長という大きな目的を達成出来たことなどという歴史的事実を麻生政権は知らなさ過ぎる。
それではだめだ!!
付け加えれば、
歴史を知らないうえに麻生政権は鷹の目をしているじゃないか。
こんな奴らが総理大臣・閣僚として勤めることを”良し”とする本土・日本国民とこれまで同様うまくやって行くか、
、、、それとも、
本土・日本人とは一線を画した上で、
北のアイヌ民族同様にその列島・日本の南の先住民族でもある琉求人の郷である沖縄を
復帰前の米国統治下のオキナワ同様に弁務官独裁・統治を再現し、
沖縄を基点とするアジアは勿論、
ペルシャ湾まで米国軍隊がにらみを利かすことによって得られる
”自由”を再獲得することのどっちがアメリカ本土・アメリカ国民の利益にかなうのか?
ーそんなの簡単な選択肢じゃないか。沖縄を取り返せ!!本土・日本国民から!
by,USA,,,,だろうが!米国の本音、、、は。
※集まる原潜。なぜか?本土・日本国民が「沖縄だけで」と望むから!!
※戦争を手伝った官制報道機関に成り下がるか?それとも成長するか?!
※国際差別???「沖縄の海域だけはO・K」とアメリカ最高裁が。
※アメリカ最高裁「ソナーでくじらを殺そうが沖縄軍事訓練が大事」
2008年11月15日 無党派無宗教無団体 本村 安彦

2008年11月13日
ルビコン川を渡った米軍: (※ルビコン川を渡る:古代ローマとガリアとの境をなしていたイタリア北東部のアドリア海に注ぐ小河。紀元前 49 年カエサルは「賽(さい)は投げられた」と叫んでこの川を渡ってローマに進軍し、ポンペイウスを追放して政権をにぎった。)
一昨日のことである。戦後63年に亘りウチナーンチュの誰もが怖れていた事が起こった。米軍の核兵器そのものである過去最大級の原潜がひとり歩きでうるま市(旧・勝連町)ホワイトビーチに配備された。
今回の米軍の行動にはオキナワを再び戦場化するまで後戻りしない覚悟がにじむ:1111。それは1が四つ並んだ日の11月11日に実行された。
四つの1。それがどんな意味を持つんだろう。
なぜ米軍はオキナワの再戦場化を決意し、ルビコンを渡り背水の陣を敷けたのか。
密約の物的証拠:一つには、沖縄返還密約の物的証拠である辺野古弾薬庫内や嘉手納弾薬庫内に現存する核兵器専用倉庫を今日まで維持出来た自信が米軍にはある。
裁判権放棄密約の状況証拠:二つ目に、沖縄はオキナワであって沖縄県ではない状況証拠である沖縄人の裁判権放棄密約を現在も活用している実績の積み上げが米軍にはある。
水環境汚染と貧しさ:三つ目に、沖縄の比較・経済が貧しいことを原因とする奇形魚を無視出来なくなったウミンチュが干上がるほどの沿岸汚染・河川汚染。そしてウチナーンチュの水ガメであるダム周辺の奇形動物の増加。ここまでに至っても”やむを得ない”とする人心の蝕み。
それら膨大な環境汚染を最初に始めた米軍は再び沖縄を戦場下のオキナワ化し、焦土をもって精算しない限り自ら後戻り出来ない。これは国際社会向けの米国の米国的大義名分である。
琉球民族は日本列島の先住民族:四つ目に、昨今の航空自衛隊幕僚長の言動で露見した日本人・日本本土政府の極限的な右傾化と、先だって国連も認めた日本列島の先住民族・琉球人と本土日本人の対立的相違の再認識から来る本土日本人・旧・日本軍をターゲットとしたかつての「瓶の蓋論」の必要性を米軍は確信した。
それでもただの偶然の重なりに過ぎない:最後に、冒頭の1111と、1が四つの事象が偶然重なり合った2008年11月11日。
その日はとてもじゃないが、いかに日本の国是である非核三原則であれ、核兵器などの大量破壊兵器を憲法で禁じている法治国家や文民統制もなんの役にも立たなかった。
しかし、それでもただの偶然の重なりに過ぎない。
あきらめるにはまだまだ早い:この国を糾し、この琉球を良くする為にはより多くのジャーナリズムの発達が必要である。
確かに沖縄は人口があまりにも小規模である。だから少額・流通が命であるジャーナリズムを専業とするジャーナリストの放つメッセージが世に流通しにくい。
しかし、現代はインターネットがあるじゃないか。まだまだウチナーンチュの思う通りのウチナーユー(世)への回帰・挽回の希望は持てる。
そのための第一歩として先ず琉球人自ら、沖縄では最大の権力である公権力を持つ者に寄り沿う経済力を権力とする者と学者らを怖れ立ち止まってみたりした事を反省すべきである。
その上で市民ジャーナリスト同志がネット上でこうして出逢う偶然を積み重ねねばならない。
このいとも簡単な偶然の積み重ねだけでいいんだ、
ということを普通の市民が気が付きさえすればいいのだ。
だからまだまだ諦めるには早すぎる。
2008年11月13日 無党派無宗教無団体 本村 安彦








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