本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。                                                                                                                                                                                       沖縄密約問題に関する報道などでも理解できるように、沖縄の(日本)ジャーナリズムに於けるあらゆる論議の中から、その核密約問題も含めた「沖縄問題の真相」が実は、かつてはそれを見過ごし、現在はそれのせいでモルヒネ的な状態にまで陥ってしまっていることが原因で、そこにあらゆる沖縄問題の解決の糸口があったという重大なことがスッポリ抜け落ちているという、いわゆる「借金漬けの沖縄の一般的庶民労働者世帯」への視点が皆無なのが気になる。                                                                                                                                     例えば、日本国内は勿論、世界的にも常識的で具体的な沖縄県という貧乏県に対する日本(本土)政府の恫喝的差別などである。                                                                                                                                        そこに「本来の社会正義を貫くべきジャーナリズムが、あえて触れずに避けることで逆に社会正義の芽を摘んでいる」-などのような現状に最大の問題やいつまでも解決できないあらゆる「沖縄問題」の理由があるような気がする。                                                                                                                                 また、昨今の「愛国心問題」などでも、沖縄の一般的庶民労働者が本土並みに国への忠誠心を表明しようにも、それに対するわだかまりからでさえも”人間”としての誇りがあるかぎり出来ないはずである、ーという点などに対する議論が本来は優先されるべき事柄であるはずであるが、しかし逆にそれに対する論点があまりにもなさ過ぎる。                                                                                                                                                                                  それの主な原因の一端には、沖縄の一般的庶民労働者自身が「沖縄問題解決の普遍的主権は一般的庶民労働者自らの中に存在する」-という基本的なことを小生も含め押さえてこなかったからという一面もあるであろう。                                                                                                                                          反省すべき点はわれら庶民の側にも存在する。                                                                                                                                                   だからジャーナリズムも気付きがたかったであろう事は想像するに難しいことではない。                                                                                                                                                 その点を自らを利する目的で捕らえた今月退官したあの在沖・ライク米国総領事は、「沖縄県民はサイレント・マジョリティー」と言い放ち、「沖縄県民の世論と民意は隔たりがある」ーなどと沖縄の金権政治選挙の実態も知らず、民主主義の象徴であるアンケート形式世論調査での県民意識と知事選挙結果などの違いを、独り善がりな間違った解析で軽はずみに世界に向かってアナウンスメントするなど、みっともない短絡的な単なる思い付きだけで、沖縄県民の”あげあしとり”をした。                                                                                                                                                                よって、このブログを立ち上げる意味は、その庶民自らの反省の上に立った上でも尚且つそのような侮辱を今後受けることがないようにする為、                                                                            及び、ーやはり、沖縄の最大の資源は一般的庶民労働者の中に埋もれている「人的資源」なのである。-との、事実の証明や主張の発展に少しでも繋がり、                                                                                                                                                          更に、われら一般的庶民労働者の労賃・年収の向上とともに、われらの住むこの社会がより幸せに発展することを最大の狙いと致します。                                                                                                                                                                                                     ’06年7月16日 無党派無宗教無団体  琉球建築家 本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?                                                                                                                                                  副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                        読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                               ’06年7月9日 無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      追記:                                                                                                                                                政治=統治作用/政治団体=魑魅魍魎(ちみもうりょう)/政治家=厳粛な信託                                                                                                                                                                                                               上記表題は、「コミュニティーや国の主体を庶民から政治団体へ厳粛な信託の下、政治家を介して託す」ーとの基本的な国の統治のあり方、”しかけ”である政治団体にまつわる定義のすべてを要約しているのだが、しかし、 だからといって普段の庶民生活の場に於いてまで庶民自らが或る特定の政治団体に関するプロパガンダや宣撫的な情報を奨励・示唆するような偏った恣意的言動を振舞うことは、 ただ単にその魑魅魍魎らの”手のひら”の上に乗っかって踊らされているだけに過ぎないことを庶民自身が自ら気付くべきである。                                                                                                           そのような「寄らば大樹の陰か?」または「長い者には巻かれろか?」だけの単純な選択肢のみでは、、、。                                                                                                                          この島々にまで広がった島嶼・離島県である琉球弧・沖縄を”ひとくくり”にしてはじめて成り立ってきた古からの「うちなーん人・琉球弧の中の沖縄県」のアイデンティティーなのだから、                                                             できるだけ広範囲な島々にまで行き届くような点を配慮しなければならないのと同時に、                                                  ましてや琉球の歴史的背景からして政治的DNAが割合多くその島々で潜在するうちなーん人・庶民が、そのような杓子定規的な「定義」だけでより多く集い、身近な、または世界の話題を通してうわべだけでさえも、或いは真に交流・ゆんたくできるものだろうか?疑問である。                                                                                                                                                                                     ”ひと”というものは、誰であれ「いったいどこへどれだけの情報利益がもたれされるのかな?」-ということは当然として脳裏の隅に常時置いていることを肝に銘ずべきではないか。                                                                                                                      このことはこの十数年間小生が、憲法第十六条の「個人の請願権」を盾に常に個人の立場で市民運動を続けて来て、時たま遭遇する”彼らの手のひらの上で踊らされている”庶民の方々に対し常に持ち続けている疑問であるが、、、。                                                                                                                            小生が思うに、やはり庶民は国の主体なら主体らしく、普段の庶民生活では堂々と自分自身の言葉で政治問題であれ何であれ物を云い、政治を司るべきである。                                                                                                                              そしてその上で、選挙の時だけは政治団体や政治家を厳密に選ぶなどといった、現行の「秘密投票」では当たり前な、そして文字通り「厳粛な信託」をもってしてその政治団体や政治家などを介し、政治を行うべきではないか。                                                                                                                                                                            それが引いてはあらゆる立場の庶民自らの交流・自立を促し、とりもなおさず庶民自身の「庶民生活」の中での「普通」の幸せや成功の「実感」を自分自身の手で掴まえることに繋がるものと考えるが、いかがなものだろうか。                                                                                                                                   されど、                                                                                                とは言っても庶民の中にはやむを得ず政治団体や宗教団体などへ既に属する方々も当然多く存在することから、誤解の無いように申し上げたい。                                                                                                                                                                                小生は三十年以上も無党派・無宗教・無団体を貫き通していますが、それは小生の生きてきた環境のせいで偶然にそうなったのであって、決して他の”ひと”へ小生のような無党派・無宗教・無団体を薦めている訳ではありません。                                                                                                                                                                                                ’06年7月4日 無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                 本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。 関連ブログ: ■コミュニティーも国も主体は庶民  http://ryuukyuukentikuka.ti-da.net/ ■沖縄から核施設を撤去させよう!!  http://motomurayasuhiko.ti-da.net/ ■本土との「格差是正」は労賃・年収から  http://reformsekkei.ti-da.net/ ■侮辱されないサイレント・マジョリティー  http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/
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2009年07月03日

2009年07月03日

2009年07月01日

2009年06月27日

6月27日の記事











































































この記事だけだと、社会福祉の低所得基準と矛盾が生じる。

冒頭の掲載写真はその世帯の家族人員数ごとの低所得の目安だが、
それによると:

7人家族だと月に60万円以下前後が低所得だから
仮に年収が60万円だと年収は720万円となる。 (60万円×12ヶ月)
よって、7人家族だと年収が720万円でも低所得ということになる。


これではあまりにも新聞報道とでは差がありすぎる。

これからこういう記事では誤解が起きないような説明が必要だが一切無いのはおかしい。  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 18:17Comments(0)TrackBack(0)ニュース/ジャーナリズム

2009年06月27日

6月27日の記事






















  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 18:02Comments(1)TrackBack(0)ニュース/ジャーナリズム

2009年06月27日

2009年06月27日

伊波翔悟も六回のピンチイニングに登場し後続をぴしゃり!





















2-1で勝って8月21日には東京ドームで全国本戦。
勝ち上がってしか獲得出来ない第一代表を県勢が勝ち取るのは初めて。
特別枠出場は2000年沖縄電力、1972年オール那覇、1969年琉球生命、1964年琉球煙草。大城哲也監督のコメントは「全国制覇を成し遂げたい」。

先発の新人右腕・仲宗根進二(22)は初回ホンダに長打を許し先制点を与えたが、1点を追う四回表、大城直也の左前適時打で同点に追い付き、五回表には敵失で出塁した金城長靖を犠打などで三塁に進め、古謝景義のスクイズで勝ち越しに成功。

守っては二回以降、仲宗根進二、伊波翔悟、徳元敏、知花訓の4投手の小刻みな継投で零封、逃げ切った。

ハイライト:「(硬式野球部創部から)苦節17年。勝てない時期もあった。絶対に九州の第一代表を取る。そう信じてやってきた」と、「我慢の野球」を揚げる大城監督らしい試合展開だった。初回に敵時打を浴びて先制点先を失った先発を務めた仲宗根進二は毎回のように得点圏に走者を背負う。しかし、直球を見せ球に変化球主体の投球で追加点は許さない。少ない好機をつかんで逆転に成功すると、同じ新人である18歳の伊波翔悟に託す。伊波は六回1死二塁と厳しい場面で起用されたが、強気に内角を攻めて後続を絶った。「最高の場面。気持ちが入った」
共通するのは結果を恐れず、目の前の一球一打に全力を尽くす姿勢だ。2007年途中で就任した大城監督が全国の舞台で戦うために言い続けてきたことが、新人にまで浸透していた。

最後はプロ野球経験もある徳元敏、12年目の知花訓とつないで逃げ切った。終盤も綱渡りの連続。さぞ指揮官も肝を冷やしたことと思いきや、大城監督は笑いながらこう言った。「17年間も我慢したのだから2時間ぐらい大丈夫」(毎日新聞社提供)今朝の琉球新報紙から抜粋

涙の島袋初代監督:
県勢として初めて沖縄電力が”自力”で都市対抗野球本大会の出場権を勝ち取った26日。初代監督で現在は野球部副部長を務める島袋靖和さん(45)は、自ら指揮した17年前のデビュー戦を思い返していた。「あの時も、相手はホンダさんだった」。
沖縄電力の硬式野球部が誕生したのは1992年。夏の全国高校野球選手権で沖縄水産が90、91年2年連続で準優勝に輝き、沖縄の野球熱が一段と高まっていた時期だ。地元で高校球児の受け皿を作ろうと、軟式だった野球部が硬式に。辞める選手もおり、最年長の島袋さんが監督を務めることになった。
「大変でした。引き受けたことを何度後悔したことか」。もともと野球好きだったが、高校野球の経験はない。「指導はコーチに任せ、みんなを一つにすることだけに気を配った」
92年の都市対抗九州地区予選。初戦の相手もホンダだった。先制点を挙げ、勢いに乗って気が付けば8-4で初勝利。

当時練習は週3日程度、仕事が終わる夕方以降、会社から約20キロ離れたナイター照明設備のある球場に通った。高校出身の選手頼みでは厳しく、「コールド負けばかりだった」だけに、初陣の勝利は格別だった。

この時のウイニングボールは今も自宅の書斎に飾ってある。95年夏まで監督をした後はずっと副部長。創部当時から在籍するのは、島袋さんと野原毅コーチ(35)の2人だけだ。

「今年のメンバーは最強だと思う」と島袋さん。試合終了後、グランドで歓喜する選手たちを見つ、ベンチでそっと目頭を押さえる姿があった。(毎日新聞社提供)今朝の琉球新報紙から抜粋
  

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2009年06月23日

慰霊の日。今日の”金城実”さんと”まよなかしんや”さん




























金城さんとまよなかさんの仲間達。
こんなに大勢の警官に囲まれた。

2009年6月23日午前11時46分 慰霊の日 摩文仁・平和の礎入り口レストランにて  

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2009年06月18日

「県立高校で導入している」とある。未だに信じがたい

「県立高校で導入している」とある。未だに信じがたい
  

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2009年06月17日

「カルテ」問題をこのブログの説明文と併せてみて下さい

私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!? 
私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?

                                                                                                                                                 

副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                        

読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                               ’06年7月9日 無党派無宗教無団体  本村 安彦           

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2009年06月16日

2009年06月16日

2009年06月15日

複数の子がいる家庭を支援するのは当たり前だけど、、、。

複数の子がいる家庭を支援するのは当たり前だけど、、、。
  

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2009年06月14日

きっかけの北谷町の事件の時も少子化問題までに至らなかった

きっかけの北谷町の事件の時も少子化問題までに至らなかった
当時は育児放棄と戦前戦後から続く沖縄特有の低労賃・低年収からくる生活苦問題がセットになって議論された。

今回はというと、憲法違反を教育現場が犯していたということは問題としながらも、
あくまでも「一人の子に対する一人の担任教師だけ」の問題であるかのごときで推移している。

やはり今回もその原因が少子化にあることまでは言及できずに終わってしまうのだろうか。  

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2009年06月12日

「沖縄戦は終わっていない!」と、福地さん

福地さんからメッセージです。〓(今日付けの琉球新報紙の声欄に掲載されていますので、詳しくはそちらをご覧下さい)

沖縄県教育委員会・沖縄婦人連合会・県老人クラブ連合会・沖子連・マスコミ各社後援の上映会を行います。

日時は:
6月14日午後2時、糸満市摩文仁の県平和祈念資料館ホールです。

さて、教科書検定で史実を曲げようとする動きに私たちは沖縄戦前夜の悪夢を呼び起こされた。今後、体験者(語り部)を広く委嘱し、上映と合わせて沖縄戦の実相を正しく伝えたいと思う。

また、もっと映像を取り寄せたり、戦争体験者の記録を促し、戦争遺跡を保存すべく文化財指定を強く求めていく。

戦争は終わっていない!あの戦闘機の騒音、陸地での戦車、軍港に見る軍艦、射撃場の砲撃、軍服の米兵、さらに新しい基地建設、、、。

映像で観る「集団自決」強要の証言は真実を鮮明に語る。

(沖縄戦記録フイルム1フィート運動の会代表)








「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/e2665632.html
  

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2009年06月09日

石川 元平さん  教職員の時代から平和問題をこんこんと

石川さん上映運動呼び掛ける

概要は:、、慰霊月間を迎えた。、、、今回で最後の慰霊祭になるかもしれないサイパン・テニアンはもう一つの沖縄戦。その時点で日本が降伏をしておれば、沖縄戦の悲劇も、テニアンから発進したB29による広島・長崎への原爆投下も防げたことを思えば、今もって悔しさは募るばかりだ(長崎に原爆投下したB29は、読谷ボーロー飛行場を経由している)。

本土決戦の準備が整うまでの「持久戦」「捨て石作戦」として沖縄戦は行われた。

45年3月26日からの慶良間の地上戦。島の住民は集団死に追いやられた。ところが、沖縄戦が始まったのは「4月」とされ、惨劇のあった慶良間は削除・抹殺された中学校歴史教科書を文科省は検定合格した。

文科省の意図は、未来を担う子どもたちに、国にとって都合の悪いことは、改ざんして教えないようにしているのだ。

県民の皆さま、こうした状況の中、1フィート運動の会は去る4月21日、NPO法人格を取得し、新たな決意で運動を展開することになりました。現在、4作目となる「軍隊がいた島ー慶良間の証言」の上映運動を展開中です。14日は午後2時から県平和祈念資料館ホールで上映会を開きます(「ドキュメント沖縄戦」とセット。入場無料。カンパは受け付けます)。
問い合わせは、1フィート運動の会、電話098(862)2277。(沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会副代表)石川 元平





「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/e2665632.html  

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2009年06月09日

2009年06月08日

2009年06月07日

昔から、若い時の過ちは許し何度でもチャンスを与えたが、、























本音建前裏表:

もう一方の重要な教育者である親や保護者意見も抜けていることから、
教師らは裏帳簿という悪魔の囁きに負けてしまったのだろう。

リセット作業。教え子をを肉眼でみるため。だから聖職だろに。

それを大変だからといって省略してしまうために前任者の裏帳簿を活用するとはな。
  

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2009年06月06日

息苦しくなった沖縄社会。倍増する沖縄いのちの電話相談

息苦しくなった沖縄社会。

倍増する沖縄いのちの電話相談

























































レッテルを高校生を含む沖縄のほぼ全児童・生徒に貼っていた。しかも六年間も続けて。

高校60校にも「(秘密の)カルテは存在する。

個人情報保護条例に照らし適切に対応したい」と県教育長。

また、小学校で秘密裏に作製されたカルテが中学へ継続されていたことへも、「成長し、変化していく子どもたちの記録を長く残しておくことに教育上の意味があるのだろうか」と疑問を提した市情報審査会の答申後一転して「秘密の指導カルテ」と認めた。

カルテについてこれまでは1992年に市広報告示した「教育指導業務」の一環だったと主張していたが、、、。
逃げ切れず答申後「個人情報の扱いで認識不足があった」として、主張の過ちを認めた。

そんな沖縄を良くするためにはこの↓ような動きが方々で起ることが基本じゃないでしょうか。
逆に言えば、これまでの400年間一度もこのような行動をとったことがなかったからこんな琉球になった。
違いますか??
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

  

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2009年06月05日

学校が「問題のある子や親」をマークするものかと疑う





















新聞の「カルテを考える」1から:「人権侵害の恐れ濃厚。なぜなら個人情報保護条例に違反する恐れが濃厚たからだ。」

「教育を受ける権利を侵害している恐れがある。例えば、日々成長している子供の”こんな子”として情報が固定されては適切な教育を受けられない。」

「子どもだけじゃなく親や家庭のプライバシーの侵害そのもの。一方の教育の重要な担い手であるはずの親とは情報を共有しないということから、カルテの目的は学校が”問題のある子や親”をマークするものかと疑う。」

「子という個人の尊重がないがしろにされているような気がする。」

「親は権利意識を持って、子どもの”カルテ”に何が書かれているか感心を持って欲しい。」


  

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2009年06月04日

親を馬鹿にしてる。指導カルテ問題























































6年前に県から始めた指導カルテ。今や全市町村で。しかも全高校でも実施。

「その性格又は環境に照らして、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする癖のある少年」かどうかを見極めるため。罪を犯してもいない少年・しかも十四才にも満たない子供に対する行き過ぎた行為だ。

親や保護者に秘密にしておく事は少年の健全な育成を阻害したと言える。何故ならカルテを作製した教師は皆非行のない少年を調べる成人なのだから。

子供が理解出来ない手法でその子供の監護教育義務者である親や保護者との生活環境をこっそりとその子供の親や保護者に内緒で聞き出す。

6年間いや、僅か数年間でさえも聞かれ続けていた今の幼稚園児から高校生・大学生までの児童・生徒・学生らの目線は学校教師の位置に固定されていることになる。

きっと、親や保護者の社会的序列はその親よりも一回りも二回りも年下の教師よりかなり低く下げられて評価されている事だろう。

今回初めて一般社会に発覚した際に、その目的はーと問われると、子供の健全育成に使用する「指導・支援カルテ」の作製のためというからなおのこと呆れる。

そんな事をしてるから少年らは年々益々親や保護者の正当な監督に服しなくなる。それこそ本末転倒だ。

「親の云うことを聴きなさい」と諭し、人倫という社会秩序を維持する上で一番大切にされなければならない物事の正しい順番を教え聡さなければならない立場の筈の教師がそれを無視することでむしろ少年らの非行化を促している結果になる。
わったー琉球人が古から誇りにしてきたてぃんさぐぅ~の花はどこへやら。


今日現在24才の長男が高三の時から大学までの間聞かれ、現在大学一年生の次男が中学一年の時から、現在高校二年生の三男が小学校五年生から、現在高校一年生の四男が小学校四年生から、現在小学校六年生の五男が小学校一年生から、現在小学校五年生の長女が幼稚園からず〜と聞かれ・診られ続け、そのことを親 や保護者に対してだけ秘密にしている。

言い換えればなんと6年間で六人の子供の担任教師(合計人数=1人+5人×6人=)31人全員が親で保護者でもある私や妻に内緒でわが家の家庭生活環境について、その担任から新学年の担任や上の学校へ子供達を通して記録しているということになる。

加えて、問題はまだまだ広がる。
「児童の生活環境秘密調査」
ーなのだから地域の生活環境も勿論の対象になるのだから真面目に健全育成に取り組んでいる地域の人々も対称だからだ。
わったー琉球人が持っている道徳的誇りのていじゅんそく・なぁ~ぐうやかたぬりくゆのここる!やちゃ~ないが。


気持ち悪い。


  

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2009年05月26日

会報第2号






























































昨日の投稿ご依頼の返事です。400〜450文字より数倍も長くなりましたが、ご勘弁を。適当にまとめてください。よろしく。

希望としましては、本題の牧港のおばぁ〜ちゃんの話だけでも掲載して頂けないでしょうか。
数度ですが、その話をした経験からしてかなりショックを受けるようです。
特におきなわの”インテリ”な人ほど強烈のようでした。
でも、これがおきなわの一般的な人々の戦争や政治家に対する怨念スタンスでしょうから小生の意中をご理解いただきますようよろしくお願いいたします。


投稿文:タイトル「ギャップ」

 インターネットでこの投稿文の筆者である「本村 安彦」という親から頂いた実名を検索しますと
ぬぅ〜ぬ ぬぅ〜んちゃえ〜 ねぇ〜らん。
(なんだ よけいなことより)
くぬぅわらべぇ〜 うちなぁ〜の普通ぬおとうやっさぁ〜!!
(この人は 沖縄の普通のおとうさんじゃないか)
ーであることが直ぐにばれることでしょうから、
インターネットを多用しているであろう400年や130年のここであえて自己紹介はいたしません。悪しからず。

 「常日ごろはお前が正しい言動を発し、生きていることはこの十数年間見てきた。誰も認める。
しかし、筋の通らない行動を取ったりするお酒を飲んだ時は最低。或いは幻滅させられるよぉ〜。」
ーこのことは一生ついて回るのだろうか?

 十五年前、この世のすべての人々はすべて自分と同じ程度以上の理解力が備わっていて、賢者ばかりだと信じ、
連日「沖縄から核施設を撤去させよう!」という独自の署名運動に丁度三年間取り組んだ。

 浦添市内の全世帯をアポなしで、しかもたった一人で練り歩いた二年目のある日、
署名運動を始めてからそれまでの間、どうしても知りたいことがあってなぜかむきになっていた。
それは当時七十や八十のおじいちゃんやおばあちゃん達だけが口を揃えて云う「署名拒否」の理由がなぜか同じようなメッセージだったからだ。

「にぃ〜にぃ〜、(坊や)あんたが言いたいことも、おきなわやせかいのためになることもわかるよぉ〜。
あんしがやぁ〜、、、(でもね、、、)ちゃあ〜しんくぅぬ署名簿んかいや わぁ〜むんな〜やかからんさぁ〜、、
にぃにぃ〜(どうしてもこの署名簿には私の名前はかけないよ。坊や)」
ーという、どうしても筋の通らない、
訳の分からないしかも皆賢そうな年寄り達だけが署名をしない言い訳があったからだった。

そんな思いが募ったある日、どうしてもその訳を知りたいと思い、いつもなら一日に数十件も回るところをとうとうその日は
地元・浦添市内の牧港地域のそのおばぁちゃんち一軒だけで夜中の12時を回っていた。


おばぁ〜ちゃん;
 「戦争が憎い。それよりももっと憎いのは政治家。
先の戦争の時。自分は上の学校へ行きたかった。
でも戦争がやって来て、学校どころでなくなった。
やっと、戦争が終わる頃学校へ行こうと思ったら学校も無くなっていた。
戦争が本当に終わって学校へ行こうとした。
でも木の下の青空学校だった。がっこという形はたしかにあったけど。
しかしその時はもう既に子供ができていて、
自分の学校どころじゃなかった。二人、三人と子供が生まれていた。
その子供の名前をつける時、どうしたと思う。
今もだけど出生届けと同時に名前を役場に出さないといけないよ。
当時の出生届と名前の用紙は、今のように雛形が準備されていなかったよ。
すべて筆書きだったよ。
しかも縦書きで、まぁ〜まぁ〜ぬ、たぁ〜たぁ〜ぬやぁ〜んかいわらびぬうまりたん。
(このたび、どこどこの誰々の家庭に於いて赤ちゃんが生まれました)
のぉ〜じぇ〜ぬぅ〜ぬぅ〜、なぁ〜や ぬぅ〜ぬぅ〜。
(姓は何々、名は何々)
ーんちぃ!いじゃさんねぇ〜ならんたんろぉ〜ひゃ〜!!
(−その通り書いて出さないといけなかったんだって!!)
学校んいじてぃんうらんそぉ〜てぃ!たぁ〜が かちゆぅ〜すみぃ〜ひゃ〜!
(学校もまともに出ていないのに!誰が書けると思う!)
で、子育てが終わって、学校へ行こうと思ったらもうおばぁ〜ちゃんになっていた。
だから戦争が憎い。人生を返せと言いたい。
そして、それよりももっと憎いのはその当時の政治家。
当時もみ〜んな学校の先生達が政治家になっていた。
自分達に勉強を教えるための学校は二番で、政治活動だけだった。
「おかげで自分も、自分の子供もみ〜んな小卒か
中卒。自分が学校出られなかったから貧乏で自分の子供も学校へ行かしきれなかった。子供の子、孫も学校行かしかんてぃ〜しているし。(学校への費用を間に合わすのに苦労している)、、、。終戦から五十年経った今でも、その戦争のせいで学校に行けなかったおかげで孫の時代の今まで貧乏している。


内地では自分と同じ年代でも大卒は当たり前にいるのに、、、。
生活・経済は学歴で決まるよ。
あの時、
当時の沖縄の学校の先生達が政治活動よりももっと学校創りに力を入れていたら
自分も今頃は内地の同年代と同じように金持ちになっていた。
だから戦争が憎い。今の知事も元々は教育者だったんだろっ!!

あんたは今日、この署名簿を「総理大臣へ出すから署名して」ーと、言うけど、
そんな公なものに書けるような字は書けないよ。学校出ていないから。
あんたの気持ちは良く分かる。
あんたが正しいことも良く分かる。
でも私は世間で言う文盲だから署名できないんだよ。どうしても清書できないから恥ずかしくて、、。

そのおかげでどんなだったか分かる。
当時子供が生まれた時。大嫌いな部落のボスや、学校の校長先生。或いは、
役場の年下の職員さんに名前を付けてもらった。
自分の子供の名前さえ付け切れなかったんだよ。
だから、
そのお方達の思いのままに選挙などでは名前をかいたよ。「くぬちゅんかいやぁ〜」
(この人に投票してよ!)
ーと言われて。
うんじかんとぅ〜ぐとぅ、
(恩義があるから)
自分の意思で投票出来なかったよ。
自分の子供の将来を決める選挙だのに。
わかる。その気持ち。苦しかったよ。今でもそうだよ〜。
だから戦争が憎いのと同時に政治家が憎い」。

筆者;
「うん。わかった。その事をできるだけいっぱい いっぱい 伝えるから」。

2009年 5月22日
無党派無宗教無団体 琉球建築家 本村 安彦

  

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2009年05月26日

一昨日

昨日の投稿ご依頼の返事です。400〜450文字より数倍も長くなりましたが、ご勘弁を。適当にまとめてください。よろしく。

希望としましては、本題の牧港のおばぁ〜ちゃんの話だけでも掲載して頂けないでしょうか。
数度ですが、その話をした経験からしてかなりショックを受けるようです。
特におきなわの”インテリ”な人ほど強烈のようでした。
でも、これがおきなわの一般的な人々の戦争や政治家に対する怨念スタンスでしょうから小生の意中をご理解いただきますようよろしくお願いいたします。


投稿文:タイトル「ギャップ」

 インターネットでこの投稿文の筆者である「本村 安彦」という親から頂いた実名を検索しますと
ぬぅ〜ぬ ぬぅ〜んちゃえ〜 ねぇ〜らん。
(なんだ よけいなことより)
くぬぅわらべぇ〜 うちなぁ〜の普通ぬおとうやっさぁ〜!!
(この人は 沖縄の普通のおとうさんじゃないか)
ーであることが直ぐにばれることでしょうから、
インターネットを多用しているであろう400年や130年のここであえて自己紹介はいたしません。悪しからず。

 「常日ごろはお前が正しい言動を発し、生きていることはこの十数年間見てきた。誰も認める。
しかし、筋の通らない行動を取ったりするお酒を飲んだ時は最低。或いは幻滅させられるよぉ〜。」
ーこのことは一生ついて回るのだろうか?

 十五年前、この世のすべての人々はすべて自分と同じ程度以上の理解力が備わっていて、賢者ばかりだと信じ、
連日「沖縄から核施設を撤去させよう!」という独自の署名運動に丁度三年間取り組んだ。

 浦添市内の全世帯をアポなしで、しかもたった一人で練り歩いた二年目のある日、
署名運動を始めてからそれまでの間、どうしても知りたいことがあってなぜかむきになっていた。
それは当時七十や八十のおじいちゃんやおばあちゃん達だけが口を揃えて云う「署名拒否」の理由がなぜか同じようなメッセージだったからだ。

「にぃ〜にぃ〜、(坊や)あんたが言いたいことも、おきなわやせかいのためになることもわかるよぉ〜。
あんしがやぁ〜、、、(でもね、、、)ちゃあ〜しんくぅぬ署名簿んかいや わぁ〜むんな〜やかからんさぁ〜、、
にぃにぃ〜(どうしてもこの署名簿には私の名前はかけないよ。坊や)」
ーという、どうしても筋の通らない、
訳の分からないしかも皆賢そうな年寄り達だけが署名をしない言い訳があったからだった。

そんな思いが募ったある日、どうしてもその訳を知りたいと思い、いつもなら一日に数十件も回るところをとうとうその日は
地元・浦添市内の牧港地域のそのおばぁちゃんち一軒だけで夜中の12時を回っていた。


おばぁ〜ちゃん;

戦争が憎い。それよりももっと憎いのは政治家。
先の戦争の時。自分は上の学校へ行きたかった。
でも戦争がやって来て、学校どころでなくなった。
やっと、戦争が終わる頃学校へ行こうと思ったら学校も無くなっていた。
戦争が本当に終わって学校へ行こうとした。
でも木の下の青空学校だった。がっこという形はたしかにあったけど。
しかしその時はもう既に子供ができていて、
自分の学校どころじゃなかった。二人、三人と子供が生まれていた。
その子供の名前をつける時、どうしたと思う。
今もだけど出生届けと同時に名前を役場に出さないといけないよ。
当時の出生届と名前の用紙は、今のように雛形が準備されていなかったよ。
すべて筆書きだったよ。
しかも縦書きで、まぁ〜まぁ〜ぬ、たぁ〜たぁ〜ぬやぁ〜んかいわらびぬうまりたん。
(このたび、どこどこの誰々の家庭に於いて赤ちゃんが生まれました)
のぉ〜じぇ〜ぬぅ〜ぬぅ〜、なぁ〜や ぬぅ〜ぬぅ〜。
(姓は何々、名は何々)
ーんちぃ!いじゃさんねぇ〜ならんたんろぉ〜ひゃ〜!!
(−その通り書いて出さないといけなかったんだって!!)
学校んいじてぃんうらんそぉ〜てぃ!たぁ〜が かちゆぅ〜すみぃ〜ひゃ〜!
(学校もまともに出ていないのに!誰が書けると思う!)
で、子育てが終わって、学校へ行こうと思ったらもうおばぁ〜ちゃんになっていた。
だから戦争が憎い。人生を返せと言いたい。
そして、それよりももっと憎いのはその当時の政治家。
当時もみ〜んな学校の先生達が政治家になっていた。
自分達に勉強を教えるための学校は二番で、政治活動だけだった。
「おかげで自分も、自分の子供もみ〜んな小卒か
中卒。自分が学校出られなかっまから貧乏で自分の子供も学校へ行かしきれなかった。子供の子、孫も学校行かしかんてぃ〜しているし。(学校への費用を間に合わすのに苦労している)、、、。終戦から五十年経った今でも、その戦争のせいで学校に行けなかったおかげで孫の時代の今まで貧乏している。」


内地では自分と同じ年代でも大卒は当たり前にいるのに、、、。
生活・経済は学歴で決まるよ。
あの時、
当時の沖縄の学校の先生達が政治活動よりももっと学校創りに力を入れていたら
自分も今頃は内地の同年代と同じように金持ちになっていた。
だから戦争が憎い。今の知事も元々は教育者だったんだろっ!!

あんたは今日、この署名簿を「総理大臣へ出すから署名して」ーと、言うけど、
そんな公なものに書けるような字は書けないよ。学校出ていないから。
あんたの気持ちは良く分かる。
あんたが正しいことも良く分かる。
でも私は世間で言う文盲だから署名できないんだよ。どうしても清書できないから恥ずかしくて、、。

そのおかげでどんなだったか分かる。
当時子供が生まれた時。大嫌いな部落のボスや、学校の校長先生。或いは、
役場の年下の職員さんに名前を付けてもらった。
自分の子供の名前さえ付け切れなかったんだよ。
だから、
そのお方達の思いのままに選挙などでは名前をかいたよ。「くぬちゅんかいやぁ〜」
(この人に投票してよ!)
ーと言われて。
うんじかんとぅ〜ぐとぅ、
(恩義があるから)
自分の意思で投票出来なかったよ。
自分の子供の将来を決める選挙だのに。
わかる。その気持ち。苦しかったよ。今でもそうだよ〜。
だから戦争が憎いのと同時に政治家が憎い」。

筆者;
「うん。わかった。その事をできるだけいっぱい いっぱい 伝えるから」

2009年 5月22日
無党派無宗教無団体 琉球建築家 本村 安彦

  

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2009年05月24日

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2009年05月24日

2009年03月29日

2009年02月28日

大人になった数の分だけ社会へ貢献するだろうに

子供の数は幸せの数。家族の人数の数も幸せの数。

 終戦で戦場から帰ったら一家全滅だった。だから子供を出来るだけ多く残したかった。
そして、運よく八人もの子宝に恵まれた。

しかし社会保障や医療機関も未だ発達しない当時、
子だくさん貧乏では当然十分な治療を受けさせきれず、
とうとう一人だけは幼くして病死させてしまった。最後はこの腕の中で息をひきとった。
腎臓病だった。

それ以来、戦場から帰ったときの祖父母や両親、
そして三人だけの兄弟までもみんな既に死んでしまっていたショックが再び蘇った。

それだけに、
あの時のあの絶望感を埋めてくれている子供の一人を失った辛さは例えようがないほどだった。

でも私にとっては子供の数の分だけの幸せがあり、
また、子供達にとっても家族の人数の分だけの幸せがあることが救いであることは間違いない。

いかに、いずれ子供は大人になり、大きく羽ばたき飛んで行き、社会参加を果たし、
いずれその自分が育った元の家族を省みようともしないであろう、
ーなどということが分かっていても、

-である。

なぜなら、その大人になった数の分だけ社会へ貢献するだろう、

-からだ。

by おやじ  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 08:56Comments(0)TrackBack(0)ニュース/ジャーナリズム

2009年02月19日

2009年02月19日